現代国内 2024
自分の名も知らない青年が、
密室殺人で疑われている。
『日本扇の謎』有栖川有栖

書評

日本扇の謎

記憶を失った青年と一本の扇から、火村が見えない因果をたぐり寄せる。

目次

舞鶴の海辺の町で、記憶喪失の青年が発見されました。名前も、出身地も、何もかも思い出せない。

彼の身元を辿る手がかりは、唯一持っていた一本の「扇」だけでした。『日本扇の謎』は、その一本の扇から始まる、火村英生シリーズの〈国名シリーズ〉第11弾です。

舞台は京都市内へうつり、謎の青年の周囲で、不可解な密室殺人が発生する。事件とともに忽然と姿を消した彼に、疑念が向けられます。

動機も犯行方法も不明の難事件に、火村英生と有栖川有栖が捜査に乗り出す。1994年の『ロシア紅茶の謎』から数えて、国名シリーズ30周年の年に出た、節目の一冊です。

物語の入り口

舞鶴の海辺の町で、一人の青年が発見されます。記憶がありません。

名前も、出身地も、何もかも思い出せない。彼が持っていたのは、一本の扇だけでした。

身元を辿る手がかりは、それしかない。開けば絵が現れ、閉じれば一本の棒に戻る。

扇というものの姿が、そのままこの青年の置かれた状態を思わせます。

舞台は、京都市内へうつります。そして、謎の青年の周囲で、不可解な密室殺人が発生する。

記憶のない青年のそばで、人が死ぬ。しかも彼は、事件とともに忽然と姿を消してしまいます。

疑念は、当然、彼に向けられます。記憶を失った人物が、密室殺人の直後に消える。

疑うなというほうが無理な状況です。しかし、記憶のない人間を疑うことは、本人にとっても捜査にとっても、足場のない作業です。

消えた青年が何者なのかを、火村と有栖川は、その足場のないところから探り始めます。

動機も犯行方法も不明の難事件に、火村英生と有栖川有栖が捜査に乗り出します。臨床犯罪学者と推理作家。

二人の前に置かれているのは、記憶のない青年、一本の扇、密室、そして失踪。ばらばらの断片です。

それを、火村は論理でつないでいく。扇を閉じるように、散らばった情報を一本にまとめていく作業が、この長編の読み味です。

読者は、舞鶴の海辺から京都の街へ、火村と有栖川とともに移動することになります。見えない因果を、断片的な事実からたぐり寄せる。

記憶を失った青年が何者なのか、密室で何が起きたのか、そして彼はどこへ消えたのか。問いが幾つも並んだまま、二人の捜査は京都の街なかで始まります。

読みどころ

本作の妙味は、一本の扇と記憶を失った青年という断片から、見えない因果をたぐり寄せていく過程にあります。 開けば絵が現れ、閉じれば一本に戻る扇のように、散らばった情報が少しずつ組み直されていく。

手がかりを読者に開示して論理を積み上げる、この作家の作風が、記憶喪失という設定のなかで、いっそう際立ちます。

もうひとつは、節目としての位置です。国名シリーズ30周年、火村英生シリーズ28作目。

エラリー・クイーン作品の原題として誤って伝わった幻の題名を引き受けた、というミステリ史への目配せも含めて、シリーズの歴史がこの一冊に織り込まれています。それでいて、過去作を知らなくても読み始められる。

長く続いたシリーズの、いまの到達点です。

こんな人におすすめ

密室と失踪という古い型の謎を、臨床犯罪学者が論理でほどいていく本格を好む読者、断片から全体を組み立てる読書に惹かれる読者に向いています。火村英生シリーズを追ってきた人には、国名シリーズ30周年の節目に置かれた巻として、見逃せない一作になるでしょうし、過去作を知らなくても問題ありません。

逆に、矢継ぎ早の活劇を求める人には、断片を一つずつ拾っては並べ直す歩みがもどかしく映るかもしれません。その歩みの確かさこそが、この作家の本領です。

作品の背景

火村英生シリーズのうち、題名に国名を冠した〈国名シリーズ〉は、1994年の『ロシア紅茶の謎』から始まり、2024年で30周年を迎えました。本作はその11作目で、火村英生シリーズ全体では28作目にあたります。

2024年に講談社から刊行され、愛蔵版もあります。『週刊文春ミステリーベスト10』2024年の国内部門で10位、『このミステリーがすごい!』2025年版の国内編で6位。

題名の由来には、少し面白い経緯があります。“The Japanese Fan Mystery”は、かつてエラリー・クイーン作品の原題として日本に誤って伝わった、実在しない題名でした。

国名を冠してきたシリーズが、その幻の題名を引き受けた。ミステリ史への目配せですが、知らなくても読めます。

手に取るなら

現行版は講談社刊。愛蔵版もあります。

火村英生シリーズの第28作ですが、本作単独でも筋は追えます。舞鶴の海辺で一本の扇を持った青年に出会うところから、物語は京都の密室へと続いていきます。

30年続いた国名シリーズの、いまの姿がここにあります。

有栖川有栖について

有栖川有栖は1959年、大阪市の生まれです。小学生のころから推理作家を志し、同志社大学法学部では推理小説研究会に所属しました。

卒業後は書店に勤めながら書き続け、1989年に『月光ゲーム Yの悲劇'88』でデビューします。1994年に書店を辞め、専業作家になりました。

作品は大きく二つの系列に分かれます。江神二郎が探偵役を務める学生アリスのシリーズと、臨床犯罪学者の火村英生と推理作家の有栖川有栖が組む作家アリスのシリーズです。

2003年に『マレー鉄道の謎』で第56回日本推理作家協会賞、2008年に『女王国の城』で第8回本格ミステリ大賞、2018年に火村英生シリーズで第3回吉川英治文庫賞、2022年に第26回日本ミステリー文学大賞を受けました。2000年から2005年までは本格ミステリ作家クラブの初代会長も務めています。

書誌情報

出版社
講談社
刊行年
2024
ISBN-13
9784065364222
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物
受賞歴
·

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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