現代国内 2018
死ぬ日まで記された葉。
読んだ仲間が次々殺される。
『インド倶楽部の謎』有栖川有栖

書評

インド倶楽部の謎

運命を告げる葉と予告された死の只中を、火村の論理が進んでいく長編。

目次

生まれてから死ぬまで、運命のすべてが記されているという「アガスティアの葉」。『インド倶楽部の謎』は、その葉をめぐる物語です。

神戸で私的に行われたリーディングセッションに参加した〈インド倶楽部〉のメンバーが、相次いで殺される。前世の記憶を共有するという仲間の、予告された死。

臨床犯罪学者・火村英生が論理の糸を手繰る、火村英生シリーズの〈国名シリーズ〉第9弾で、『本格ミステリ・ベスト10』2019年版では国内5位に入りました。自分の死ぬ日が、わかるとしたら。

その問いを抱えたまま、神秘的な語りにのみ込まれず、事実を一つずつ拾い直していく長編です。

物語の入り口

アガスティアの葉、というものがあります。生まれてから死ぬまで、運命のすべてが記されているという葉。

自分の一生が、生まれる前から一枚の葉に書かれている。そんなものが本当にあるのかどうかは、ここでは問いません。

あるとされている、というところから、この物語は始まります。信じる人がいて、それを読み解く場があり、そこに人が集まる。

神戸で、私的なリーディングセッションが行われました。葉に記された運命を読み解く会です。

参加したのは、〈インド倶楽部〉のメンバー。前世の記憶を共有するという、仲間たちです。

そのメンバーが、相次いで殺されていきます。前世の記憶を共有するという仲間の、予告された死。

入り口はこれだけで、あとは火村と一緒に踏み込んでいくことになります。

自分の死ぬ日が、わかるとしたら。この物語が投げかける問いは、それです。

運命のすべてが記されているという葉、前世の記憶を共有する仲間、予告された死。神秘的な道具立てが、これでもかというほど並んでいます。

そして、その真ん中に、臨床犯罪学者の火村英生が立つ。

読者は、神秘の語りと、論理の糸のあいだに立たされます。葉に記された運命と、現実に起きた殺人。

二つがどう重なるのか、あるいは重ならないのか。火村は、神秘的な語りにのみ込まれることなく、事実を一つずつ拾い直していきます。

語り手は、いつものように推理作家の有栖川有栖。友人同士の探偵コンビが、前世と運命の言葉に囲まれながら、論理の糸を手繰っていきます。

読みどころ

神秘の道具立てが濃ければ濃いほど、その只中を進む火村英生の論理の糸は、くっきりと浮かび上がってきます。 アガスティアの葉、前世の記憶、予告された死。

これほど神秘の色が濃い道具立てのなかで、火村が使うのは論理だけです。神秘と論理が併走する、という構図は、火村英生シリーズがこれまでも試してきたものですが、本作ではその神秘の側が、とりわけ大きい。

だからこそ、論理の糸の細さと強さが、際立ちます。

もうひとつは、この物語が投げかける問いです。自分の死ぬ日が、わかるとしたら。

この問いは、事件の謎とは別のところで、読者の胸に残ります。運命が記されているという葉を、人はどう受け止めるのか。

予告された死を、どう生きるのか。謎解きの骨格の底に、その問いが静かに横たわっています。

こんな人におすすめ

臨床犯罪学者が神秘的な語りの只中で事実を一つずつ拾い直していく、論理派の本格を好む読者、神秘と論理のせめぎ合いに惹かれる読者に向いています。火村英生シリーズを追ってきた人には、〈国名シリーズ〉の第9弾として見逃せない位置にありますし、事件は一冊で完結しますから、シリーズの途中から読んでも問題ありません。

逆に、神秘的な道具立てそのものに抵抗がある人は、序盤の語りに少し戸惑うかもしれません。その戸惑いを、火村が引き受けてくれます。

神秘を疑う目と、事実を拾う手。両方を持った探偵役がいるから、安心して神秘の側にも浸れます。

作品の背景

臨床犯罪学者の火村英生と推理作家の有栖川有栖が組む火村英生シリーズのうち、海外の国名を題に掲げる作品群は〈国名シリーズ〉と呼ばれ、本作はその第9弾にあたります。『メフィスト』2017年VOL.3で連載が始まり、2018年に講談社から単行本、2020年に講談社文庫に収められました。

現行版はこの文庫版で、電子版もあります。

刊行の年の評価は、複数のランキングに残っています。『本格ミステリ・ベスト10』2019年版で国内5位、『このミステリーがすごい!』2019年版で14位、ミステリマガジン2019年1月号のランキングで9位、ダ・ヴィンチのBOOK OF THE YEAR 2018で14位。

本格の側からも、広い読者の側からも、揃って上位に置かれた一冊です。題材の奇抜さが、広く受け入れられました。

手に取るなら

現行版は講談社文庫。〈国名シリーズ〉の第9弾ですが、本作単独でも筋は追えます。

自分の死ぬ日が、わかるとしたら。その問いを胸に、神戸のリーディングセッションの席に着いてみてください。

葉に記された運命を、火村とともに、論理で読み直すことになります。神秘の色が濃いぶん、論理の白さが際立つ一冊です。

有栖川有栖について

有栖川有栖は1959年、大阪市の生まれです。小学生のころから推理作家を志し、同志社大学法学部では推理小説研究会に所属しました。

卒業後は書店に勤めながら書き続け、1989年に『月光ゲーム Yの悲劇'88』でデビューします。1994年に書店を辞め、専業作家になりました。

作品は大きく二つの系列に分かれます。江神二郎が探偵役を務める学生アリスのシリーズと、臨床犯罪学者の火村英生と推理作家の有栖川有栖が組む作家アリスのシリーズです。

2003年に『マレー鉄道の謎』で第56回日本推理作家協会賞、2008年に『女王国の城』で第8回本格ミステリ大賞、2018年に火村英生シリーズで第3回吉川英治文庫賞、2022年に第26回日本ミステリー文学大賞を受けました。2000年から2005年までは本格ミステリ作家クラブの初代会長も務めています。

書誌情報

出版社
講談社
刊行年
2018
ISBN-13
9784065201329
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物
受賞歴

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リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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