カナダ金貨の謎
消えた一枚の金貨から真相へ。火村とアリスの出会いの一編も入った5編の作品集
殺人の現場から、あるはずの金貨が一枚だけ消えている。カナダのメイプルリーフ金貨です。
表題作「カナダ金貨の謎」では、そのたった一枚の欠落が、臨床犯罪学者・火村英生を真相へと導いていきます。本書はこの表題作を含む5つの作品を収めた短編集。
一編ずつ趣向を変えてあり、ページをめくるたびに違う角度から謎が差し出されます。
物語の入り口
幕を開けるのは「船長が死んだ夜」。周囲から「船長」と呼ばれていた男が、何者かに殺されます。
続く「エア・キャット」は、題名どおり猫にまつわる一編です。
3番目に置かれた表題作のあと、「あるトリックの蹉跌」で時計の針は大きく巻き戻されます。描かれるのは、まだ学生だったアリスが火村と初めて出会ったときのこと。
いまでは事件の現場に並んで立つ二人にも、始まりの一日があったわけです。
締めくくりの「トロッコの行方」が下敷きにしているのは、思考実験として知られる「トロッコ問題」。暴走するトロッコの先に5人がいて、進路を切り替えれば別の1人が犠牲になる。
そのときどうするべきかを問う、答えの出ない問いです。
読みどころ
5編の性格の違いがそのまま楽しみになっています。巻頭の「船長が死んだ夜」は、手がかりを拾い集めて自分の頭で答えを出してみたくなる一編で、謎解きの手応えを求める人にはまずここを読んでほしいところです。
表題作の入り口は、「何が起きたか」ではなく「何がなくなったか」です。現場から金貨が一枚消えている。
なぜその一枚なのか、誰がなぜ持ち去ったのか。小さな欠けから事件全体の形を割り出していく運びに、このシリーズらしい論理の味わいがあります。
「あるトリックの蹉跌」は、謎解きと同時に、二人の関係の原点をのぞける一編でもあります。長くシリーズを追ってきた人ほど、出会いの場面には特別な感慨が湧くはずです。
そして「トロッコの行方」では、頭のなかだけで組み立てられた思考実験と、生身の人間が関わる事件とがどう交わるのかに目が離せなくなります。
こんな人におすすめ
火村とアリスのコンビになじみがあり、二人がどう出会ったのかを知りたい人には、見逃せない一冊です。一話ずつ区切って読める本格ミステリを探している人、短い分量のなかでさまざまな趣向を味わいたい人にも向いています。
作品の背景
題名に国の名を掲げた作品群の10冊目にあたり、2019年9月に講談社ノベルスから刊行されました。「船長が死んだ夜」は2017年9月の『7人の名探偵 新本格30周年記念アンソロジー』、「あるトリックの蹉跌」は『ダ・ヴィンチ』2016年8月号が初出です。
「エア・キャット」は、猫の小説ばかりを集めた文春文庫のアンソロジー『猫が見ていた』にも収められています。
2027年1月からHuluで順次配信されるオリジナルドラマ『臨床犯罪学者 火村英生』では、表題作と「トロッコの行方」を含む3作が原作に選ばれました。満島真之介さんと柄本時生さんが、引き続き出演します。
手に取るなら
文庫化は2021年8月12日で、講談社文庫版は400ページ。紙でも電子でも、同じ日から読めるようになりました。
ドラマの配信を前に原作を押さえておきたいなら、表題作と「トロッコの行方」の2編がそろって入ったこの文庫が近道です。
有栖川有栖について
有栖川有栖は1959年、大阪市の生まれです。小学生のころから推理作家を志し、同志社大学法学部では推理小説研究会に所属しました。
卒業後は書店に勤めながら書き続け、1989年に『月光ゲーム Yの悲劇'88』でデビューします。1994年に書店を辞め、専業作家になりました。
作品は大きく二つの系列に分かれます。江神二郎が探偵役を務める学生アリスのシリーズと、臨床犯罪学者の火村英生と推理作家の有栖川有栖が組む作家アリスのシリーズです。
2003年に『マレー鉄道の謎』で第56回日本推理作家協会賞、2008年に『女王国の城』で第8回本格ミステリ大賞、2018年に火村英生シリーズで第3回吉川英治文庫賞、2022年に第26回日本ミステリー文学大賞を受けました。2000年から2005年までは本格ミステリ作家クラブの初代会長も務めています。
書誌情報
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