執事に節穴と呼ばれた。
謎解きはディナーのあとで
令嬢刑事と毒舌執事の掛け合いに笑いながら、事件を考える楽しさも味わえます。
「お嬢様の目は節穴でございますか?」。執事が、仕える令嬢に向かって言う台詞です。
東川篤哉『謎解きはディナーのあとで』は、この暴言すれすれの毒舌が看板の連作短編集で、2011年の第8回本屋大賞を受けました。国立署の新米刑事・宝生麗子は、世界的に有名な『宝生グループ』のお嬢様。
『風祭モータース』の御曹司である風祭警部の下で、数々の事件に奮闘中です。大豪邸に帰ると、地味なパンツスーツからドレスに着替えてディナーを楽しむ麗子ですが、難解な事件にぶちあたるたび、その一部始終を相談する相手は執事兼運転手の影山。
影山は麗子の推理力のなさを毒舌で指摘しつつ、鮮やかに謎を解き明かしていきます。2010年の刊行で、全部で6つの難事件が収められています。
物語の入り口
宝生麗子は、国立署の新米刑事です。同時に、世界的に有名な『宝生グループ』のお嬢様でもあります。
職場では、『風祭モータース』の御曹司である風祭警部の下で、数々の事件に奮闘中。仕事が終わって大豪邸に帰ると、地味なパンツスーツからドレスに着替え、ディナーを楽しみます。
昼は現場を駆け回る刑事、夜は豪邸のお嬢様——一日のうちに、麗子は二つの顔を行き来しています。
そのディナーの席で、麗子は難解な事件を相談します。相手は、執事兼運転手の影山です。
影山は「お嬢様の目は節穴でございますか?」と、暴言すれすれの毒舌で麗子の推理力のなさを指摘しつつ、鮮やかに謎を解き明かしていく。全部で6つの難事件が収められ、一話ごとに独立しています。
どの事件も、麗子が現場で見聞きしたことを影山に語る、という同じ形で始まります。
事件を現場で見てきた刑事が、その一部始終を話す。聞いた側の執事が、話だけを材料に謎を解く。
この形は、読む側にとって親切です。麗子が影山に語る内容は、こちらが読んできた内容と同じだからです。
影山が「節穴」と言うとき、こちらの目も同じように試されています。麗子と影山のコミカルなかけ合いに加えて、少々癖のある上司、風祭警部も見逃せない存在です。
職場には御曹司の上司、家には毒舌の執事——麗子の周りには、ひと癖ある相手ばかりがそろっています。
読みどころ
本作の醍醐味は、毒舌の執事が令嬢刑事の話だけで謎を解く、その形式そのものにあります。 相談を受けた側が謎を解く形式は、推理小説の古い型の一つです。
この作品はそこに、令嬢と執事という主従の関係を持ち込みました。本来なら口答えできない立場の執事が、お嬢様に向かって毒舌を吐く。
その逆転が笑いになり、しかし解決は鮮やかで、笑ったあとに感心する。一話ごとにこの往復があります。
毒舌が痛快なのは、その毒舌の直後に、必ず論理の裏づけがついてくるからです。
もうひとつは、読む側が参加できることです。麗子が影山に語る一部始終は、こちらも読んでいます。
ということは、影山が答えを言う前に、自分で考えられる。麗子と一緒に考え、影山に一緒に叱られる。
六つの事件はどれも一話で完結し、影山が口を開く場面の手前で区切れるので、答えを見る前に一度本を閉じて考える、という読み方に向いています。
ユーモアが前面に出た作品ですが、謎解きの手筋は手を抜かれていません。麗子と影山のかけ合いで笑わせながら、事件の筋道は最後まで崩さない。
二人の外側では、上司の風祭警部も別の笑いの種をまいています。読みやすさの下に、本格の骨組みがあるのです。
作品の背景
『謎解きはディナーのあとで』は2010年に小学館から刊行され、翌2011年、第8回本屋大賞で1位に選ばれました。ミステリを専門に扱う賞ではなく、全国の書店員の投票で決まる賞です。
本作は、烏賊川市シリーズや鯉ケ窪学園シリーズなど、笑いと本格推理を同じ紙面に置く東川篤哉の連作の系譜に新しく加わった、令嬢刑事と執事の連作です。続刊に『謎解きはディナーのあとで2』『謎解きはディナーのあとで3』があります。
手に取るなら
現在手に取るなら、小学館文庫版です。書き下ろしショートショートが加わり、電子版もオーディオブックもあります。
シリーズの第1作で、ここから読み始めるのが順当です。気に入ったら『2』『3』へ進めます。
第1作で人物の輪郭がはっきり描かれているので、続刊に進んでも迷いません。推理小説を普段読まない人、笑える本を探している人、六つの事件に一つずつ自分の推理で挑んでみたい人に向いています。
ディナーの席で、令嬢刑事が今日の事件を話し、毒舌の執事が答えを出す。その席に、読者として同席してください。
東川篤哉について
東川篤哉は1968年、広島県尾道市の生まれです。岡山大学法学部を卒業し、鮎川哲也が編集を務めた公募アンソロジー『本格推理』への入選を重ねたのち、2002年に光文社の新人発掘企画〈KAPPA-ONE〉の第一期として『密室の鍵貸します』でデビューしました。
笑いの絶えない語り口のなかに本格の謎解きを組み込む作風で知られ、私立探偵の鵜飼杜夫が活躍する烏賊川市シリーズや、学園を舞台にした鯉ケ窪学園シリーズなど、連作を数多く書いています。2011年には『謎解きはディナーのあとで』で第8回本屋大賞を受け、広く読まれる作家になりました。
ほかに『魔法使いは完全犯罪の夢を見るか?』『探偵少女アリサの事件簿』などのシリーズがあります。
書誌情報
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