戦後昭和国内 1981
警部が難事件を聞かせた。
少年はその場で言い当てた。
『遠きに目ありて』天藤真

書評

遠きに目ありて

現場へ行かない少年の知性が、刑事の難事件を鮮やかにほどいていく。

遠きに目ありて 表紙画像
天藤真 東京創元社(創元推理文庫)1981年
目次

事件は、話のかたちで少年のもとへ届きます。成城署の警部が抱え込み、捜査が難航している一件を語って聞かせると、聞き手の少年がたちどころに真相を言い当ててしまう。

天藤真『遠きに目ありて』は、この一往復を5編にわたって重ねていく連作短編集です。捜査の現場と、答えが出る場所とが、はじめから離れている。

その距離を骨組みにした、少年探偵の物語です。

物語の入り口

発端は、ささやかな出会いです。成城署の刑事が、ふとしたきっかけで、脳性麻痺の少年と知り合います。

そのうちに警部は、少年の内に隠れていた才能に気づき、少しずつ目を見張るようになっていきます。

ある日、警部はそのとき抱え込んでいた捜査の話を、少年に聞かせます。捜査は難航していました。

専門の人間が抱え込んだまま、答えの見えない一件です。すると少年は、話を聞き終えるなり、たちどころに真相を言い当ててしまう。

行き詰まりが、ひと息でほどける——入り口の場面で差し出されるのは、この鮮やかな一瞬です。しかも、この往復は最初の一件きりでは終わりません。

同じやりとりが、その後も続いていきます。

収められているのは「多すぎる証人」「宙を飛ぶ死」「出口のない街」「見えない白い手」「完全な不在」の5編です。現場で証言を集め、物証を追いかける刑事と、話を聞くことで謎に向き合う少年。

二人は立っている場所も、事件との関わり方もまるで違います。その二人が、捜査の話を介してつながっている。

連作を通して据えられているのは、この組み合わせです。

ここで目を留めたいのは、謎が少年の前に差し出されるときの形です。入り口の場面で少年が受け取るのは、現場の空気でも遺留品でもなく、警部の口から語られる捜査の話です。

専門の人間が抱えこんだ難題が、言葉に置き換えられて、事件から離れた場所へ運ばれてくる。語り終えた警部が少年の言葉を待つ間合いに、ページをめくる側も同じ話を前にして立ち止まることになります。

読みどころ

読みどころは、警部が難航している捜査と、少年のたちどころの一言との落差にあります。

時間をかけて行き詰まった側と、話を聞いてすぐに答えへ届く側。警部は捜査の専門家として事件を抱え込み、それを難航させている人物です。

長く語られる捜査の話と、短い一言——その釣り合わなさが、一編ごとの山場になります。行き詰まりの深さが、少年の一言がもたらす転換の大きさを決めます。

一編完結のリズムで、この落差を何度でも味わえるのが、連作という形式の強みでしょう。

もうひとつは、探偵の型と、作家の仕事のなかでの位置です。安楽椅子探偵とは、現場に出向かず、話を聞くだけで謎を解く探偵の型のことです。

この連作は、その型を、警部が語り少年が聞くという往復のかたちで組み立てています。〈天藤真推理小説全集〉は、第1巻にあたるこの連作が1992年に出たことで完結しました。

天藤真を『大誘拐』から読み始めた人が次に手に取る作品を選ぶとき、全集の先頭に置かれたこの連作は、ひとつの目安になるでしょう。

こんな人におすすめ

探偵が自ら現場を駆け回り、危険に身をさらす活劇を期待して開くと、物足りなく映るかもしれません。安楽椅子探偵ものですから、少年の役割は、語られた話を受け取って謎と向き合うことにあるからです。

けれども、与えられた話だけを手がかりに謎と向き合う型の推理小説が好きな人には、これ以上ない舞台が整っています。短い編を一つずつ区切って読みたい人にも向いています。

作品の背景

『遠きに目ありて』の刊行は1981年です。1979年に『大誘拐』で第32回日本推理作家協会賞を受けてから2年後、1983年に没する天藤真が、その最後の数年に世に出した作品集ということになります。

1992年、東京創元社が創元推理文庫で〈天藤真推理小説全集〉を編んだとき、第1巻に据えられたのがこの連作でした。

手に取るなら

現在手に取るなら、創元推理文庫版です。〈天藤真推理小説全集〉の第1巻にあたり、後藤安彦の解説がついています。

5編は連作として組まれているので、巻頭の「多すぎる証人」から収録順に読んでいくのが自然でしょう。警部と少年の往復が、編を追うごとに積み重なっていきます。

難航する捜査の話に、少年と並んで耳を傾けてみてください。

天藤真について

天藤真は1915年、東京に生まれ、1983年に亡くなりました。東京帝国大学国文科を卒業して同盟通信の記者となり、戦後は千葉県で農業を営みながら、千葉敬愛短期大学の講師も務めています。

推理小説の書き手として歩み出したのは40代も後半になってからでした。1962年、短編「親友記」が宝石賞の佳作に入り、同じ年に『陽気な容疑者たち』が第8回江戸川乱歩賞の最終候補に残ります。

この長編は大下宇陀児らの推薦を得て翌1963年に刊行され、同じ年には短編「鷹と鳶」で宝石賞を受けました。

寡作ながら、ユーモアとウィットに富んだ文体と、読み手の意表を突く状況設定で知られる作家です。1979年には『大誘拐』で第32回日本推理作家協会賞(長編部門)を受賞しました。

ほかに『殺しへの招待』『遠きに目ありて』『炎の背景』などの作品があります。

書誌情報

出版社
東京創元社 / 創元推理文庫
刊行年
1981
ISBN-13
9784488408015
系譜
戦後昭和国内 / 連作短編

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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