現代国内 2009
死体は車ごと山奥に沈めた。
帰りの車がない。
『ここに死体を捨てないでください!』東川篤哉

書評

ここに死体を捨てないでください!

妹をかばうつもりの死体遺棄が、山奥で早々に行き詰まります。笑える本格ミステリ。

目次

妹の春佳から、突然電話がかかってきます。それは殺人の告白でした。

かわいい妹を守るため、有坂香織は事件の隠蔽を決意します。廃品回収業の金髪青年を強引に巻き込んで、死体の捨て場所探しを手伝わせることに。

さんざんさ迷った末、山奥の水底に車ごと沈める。ところが、あれ、帰る車がない。

東川篤哉『ここに死体を捨てないでください!』は、この題名のとおりの状況から始まる烏賊川市シリーズの第5弾です。2009年の刊行で、「本格ミステリ・ベスト10」2010年版の国内8位に入りました。

私立探偵・鵜飼ら、烏賊川市のおなじみの面々が活躍する一作です。

物語の入り口

烏賊川市シリーズの舞台は、著者が作り上げた架空の地方都市、烏賊川市です。私立探偵・鵜飼杜夫と弟子の戸村流平、烏賊川市署の砂川警部と志木刑事がレギュラーを務めます。

有坂香織のもとに、妹の春佳から電話がかかってきます。中身は、殺人の告白でした。

香織は、かわいい妹を守るために、事件を隠すと決めます。警察に行くのでも、弁護士に相談するのでもなく、隠す。

この決断の速さが、物語の速度を決めています。姉が妹を思う気持ちは本物で、その気持ちがそのまま無謀な行動へ直結するところに、この作家らしい可笑しさと切実さが同居しています。

隠すには、死体を捨てなければなりません。香織は、廃品回収業の金髪青年を強引に巻き込み、死体の捨て場所探しを手伝わせます。

人目につかず、二度と見つからない場所——となると、そう簡単には決まりません。二人はさんざんさ迷います。

そして山奥の水底に、車ごと沈めることにしました。沈めた。

さて、帰ろう——あれ、帰る車がない。

死体遺棄という重い行為が、山奥で早々に行き詰まる。その行き詰まり方が、車ごと沈めてしまって足がない、という間の抜けたものであるところに、この作品の呼吸があります。

妹をかばう姉の必死さは本物で、手際の悪さはその必死さの裏返しです。だからこそ、山奥に取り残された二人を待つ運命が気になります。

探偵・鵜飼ら烏賊川市の面々が活躍するシリーズの第5弾に、探偵でも刑事でもない姉と金髪青年の二人組が、死体の始末という最悪の用件を抱えて迷い込んだ格好です。

読みどころ

本作の醍醐味は、笑いと本格が譲り合わずに同居しているところにあります。 帰る車がない、という状況は喜劇です。

しかし、妹が殺人を告白し、姉がそれを隠そうとし、死体が水底に沈んでいる、という状況は本格ミステリの謎そのものです。東川篤哉は、この二つを別々に扱いません。

笑わせる場面と謎を追う場面が、同じ頁のなかで絶えず行き来します。笑いに気を取られているあいだも、姉妹の電話から始まった謎は一度も脇へ置かれません。

もうひとつは、隠蔽する側から物語が始まる構図です。多くの推理小説は、死体が見つかったところから探偵の側で進みます。

ここでは、死体を隠そうとする側の右往左往を先に見せる。読者は、隠す側の焦りと間の悪さを、当人たちと同じ目の高さで見ることになります。

その視点から始まる分だけ、笑いにも緊張にも近いところで読むことになり、二人の右往左往そのものが、この巻ではひとつの見せ場です。

シリーズ第5弾ですが、烏賊川市の面々の人となりは読んでいるうちに分かります。前の巻を知らなくても、姉妹の電話から始まる本筋に困ることはありません。

むしろ、探偵の側を知らずに読むほうが、隠す側の二人と同じ心細さで山奥に立てるぶん、この巻の入り口には合っているかもしれません。

作品の背景

『ここに死体を捨てないでください!』は2009年に光文社から刊行され、2012年9月に光文社文庫に入りました。烏賊川市シリーズの第5弾で、「本格ミステリ・ベスト10」2010年版で国内8位。

死体を隠す側の右往左往を追いながら、笑いと本格を同居させる著者の作風を正面に押し出した巻です。

烏賊川市シリーズは2014年に、第7作の題名『私の嫌いな探偵』でテレビドラマ化され、2025年の『じゃあ、これは殺人ってことで』まで続いています。

手に取るなら

現在手に取るなら、光文社文庫版です。384ページ、電子版もあります。

烏賊川市シリーズの第5弾ですが、事件は独立しており、この巻から入って構いません。シリーズを順に読みたい人は『密室の鍵貸します』から。

笑える本格ミステリを探している人、重い題材を軽い筆で読みたい人に向いています。一気に読める長さで、週末の一冊にちょうどよい分量です。

妹をかばうつもりで死体を沈めたら、帰る車がなかった。その山奥から、物語は始まります。

東川篤哉について

東川篤哉は1968年、広島県尾道市の生まれです。岡山大学法学部を卒業し、鮎川哲也が編集を務めた公募アンソロジー『本格推理』への入選を重ねたのち、2002年に光文社の新人発掘企画〈KAPPA-ONE〉の第一期として『密室の鍵貸します』でデビューしました。

笑いの絶えない語り口のなかに本格の謎解きを組み込む作風で知られ、私立探偵の鵜飼杜夫が活躍する烏賊川市シリーズや、学園を舞台にした鯉ケ窪学園シリーズなど、連作を数多く書いています。2011年には『謎解きはディナーのあとで』で第8回本屋大賞を受け、広く読まれる作家になりました。

ほかに『魔法使いは完全犯罪の夢を見るか?』『探偵少女アリサの事件簿』などのシリーズがあります。

書誌情報

出版社
光文社
刊行年
2009
ISBN-13
9784334764708
系譜
現代国内
受賞歴

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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