孫はこれから救いに行く。
七回死んだ男
同じ日を繰り返す少年の祖父救出に、謎を考える楽しさがぎゅっと詰まっています。
高校生の久太郎には、人に言えない体質があります。同じ一日が、繰り返し訪れる。
「反復落とし穴」と呼ばれるその現象に、彼は嵌まってしまう。西澤保彦『七回死んだ男』は、この体質を持つ少年が、殺される祖父を救おうとする物語です。
1995年、著者が『解体諸因』でデビューしたのと同じ年に刊行され、翌1996年の第49回日本推理作家協会賞の候補に挙がりました。SFめいた設定の上に本格ミステリの論理を組んだ作品で、現在は2017年9月に出た講談社文庫の新装版で読めます。
物語の入り口
久太郎の祖父は資産家です。その祖父が新年会の席で、後継者を決める、と言い出します。
親族は揉めに揉める。誰が跡を継ぐのか、誰が外されるのか。
正月の集まりが、いっぺんに緊張の場に変わります。祖父が何を言い、親族がどう揉めたのか、その場の空気は読み始めてすぐに伝わってきます。
そのさなか、祖父は何者かに殺害されてしまいます。
ここまでなら、資産家一族の殺人という、本格ミステリではおなじみの発端です。違うのは、久太郎の体質です。
同じ一日が繰り返し訪れる。つまり彼には、祖父が殺された日を、もう一度生きる機会があります。
祖父を救うため、久太郎はあらゆる手を尽くしはじめます。
この発端には、二つの仕事が重なっています。ひとつは、起きた事件を調べること。
誰が祖父を殺したのか、という通常の推理の仕事です。もうひとつは、目前の死を防ぐこと。
事件が起きる前の時間に戻れるのなら、犯人を当てるより、殺されないようにするほうが先でしょう。調べることと防ぐことが、同じ一日の中で重なる——探偵役がふつう立つ場所より一歩踏み込んだ位置に、高校生の久太郎は立たされています。
読者は、久太郎と一緒に、同じ朝を迎える側に置かれます。
読みどころ
本作の醍醐味は、大胆な発想を出発点にして、そこからじっくり考える面白さにあります。 同じ一日が繰り返す、という設定は、それだけ聞けばSFです。
けれども著者は、その設定を規則として提示したうえで、規則の内側で論理を組み立てます。何ができて、何ができないのか。
条件がわかれば、条件の下で考えることができる。読む側は、久太郎の立場で、その条件を受け止めながら次の手を考えることになります。
規則を知ったうえで最善の手を探す、という構えは、詰将棋の盤に向かうときの構えに近いものです。頭を使う楽しさが、設定の奇抜さに負けていません。
もうひとつは、少年の必死さです。久太郎にとって祖父の死は、推理の題材ではなく、止めなければならない出来事です。
同じ一日を生き直せるという体質は、この目的のためにあるようにも見える。祖父を救うためにあらゆる手を尽くす少年の姿には、謎解きの手順だけでは量れない切実さがあります。
論理パズルとしての面白さと、祖父を救いたい少年の奮闘とが、同じ一日の上に載っています。
協会賞の候補作であり、2012年版の「東西ミステリーベスト100」で国内70位に入った作品だと知ってから開くと、身構えてしまうかもしれません。けれども、構えは要りません。
条件を受け止め、久太郎と一緒に手を考える。それだけで、結末まで運んでくれる作品です。
作品の背景
『七回死んだ男』は、西澤保彦が『解体諸因』でデビューしたのと同じ1995年に出た作品です。つまりデビューの年に、風変わりな設定の上で厳密な論理を回す、という以後の作風を決定づける一作が出ていたことになります。
刊行から17年後の2012年には、「東西ミステリーベスト100」で国内70位に選ばれました。刊行の年の評価だけでなく、時間を置いた総合投票でも上位に残った、というのがこの作品の位置です。
2017年9月には講談社文庫から新装版が出ました。初刊から22年を経て、版を新たにして読まれ続けている作品です。
手に取るなら
現在は講談社文庫の新装版で手に入ります。西澤保彦の作品を初めて読むなら、デビューの年に出たこの一作は、著者の作風をそのまま知るのに向いた入り口です。
ほかの作品を先に読んでおく必要はありません。本格ミステリを読み慣れた人には、規則をどう推理に組み込むかを見る楽しみがあり、読み慣れていない人には、少年の奮闘を追う物語としての入り口があります。
設定は最初に示され、規則は作中で説明されます。必要なのは、同じ一日が繰り返し訪れるという条件を、まず受け入れる姿勢だけです。
新年会の朝を、久太郎と一緒にもう一度迎える——不可思議な時間の中で何ができるのかを、少年と並んで考える一冊です。
西澤保彦について
西澤保彦は1960年、高知県安芸市に生まれ、2025年に64歳で亡くなりました。アメリカのエカード大学で創作法を学び、帰国後は高知大学経済学部の教務助手や高校の講師を務めながら小説を書き続けます。
1990年には「聯殺」が第1回鮎川哲也賞の最終候補に残り、1995年に『解体諸因』で作家としてデビューしました。
同じ一日を繰り返す『七回死んだ男』や『人格転移の殺人』のように、SF的な設定を本格ミステリに持ち込み、その規則を示したうえで推理の土台に据える作風で知られます。〈匠千暁〉〈神麻嗣子〉〈腕貫探偵〉と複数のシリーズを並行して書き継ぎ、2023年には短編「異分子の彼女」で第76回日本推理作家協会賞の短編部門を受けました。
書誌情報
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