現代国内 2004
彫刻家が遺した娘の像。
首だけが切り取られた。
『生首に聞いてみろ』法月綸太郎

書評

生首に聞いてみろ

切り取られた石膏像の首という一点から、推理作家・法月綸太郎が調査に踏み込む長編

生首に聞いてみろ 表紙画像
法月綸太郎 KADOKAWA(角川文庫)2004年
目次

彫刻家・川島伊作が病死しました。彼が倒れる直前に完成させたのは、愛娘の江知佳をモデルにした石膏像です。

その石膏像の首が切り取られ、持ち去られてしまいました。江知佳の身を案じた叔父の川島敦志は、法月綸太郎に調査を依頼します。

法月綸太郎『生首に聞いてみろ』の入り口は、この石膏像の損壊という一点だけです。人は死んでいません。

壊されたのは、像です。そこから探偵が調査に踏み込み、手がかりを集め、仮説を組み立て、自分で検算し、組み直していく。

この作品は、2004年に角川書店から刊行され、翌年の第5回本格ミステリ大賞を受賞しました。「このミステリーがすごい!」と本格ミステリ・ベスト10の国内編で、同年いずれも1位です。

物語の入り口

彫刻家・川島伊作が、病死しました。彼が倒れる直前に完成させていたのは、愛娘の江知佳をモデルにした石膏像です。

父が娘を彫った、最後の作品。その石膏像の首が、切り取られ、持ち去られてしまいました。

江知佳の身を案じた叔父の川島敦志は、法月綸太郎に調査を依頼します。依頼を受ける法月綸太郎は、作者と同じ名前を持つ推理作家です。

作者と探偵が同じ名前を持つのは、エラリー・クイーンに倣った趣向です。

殺人は起きていません。壊されたのは、像です。

それでも、叔父は姪の身を案じます。像の首を切った誰かが、次に本人に向かうのではないか。

その不安が、探偵を動かします。依頼の時点では、誰も傷ついていません。

だからこそ、何を恐れればよいのかが、はっきりしません。彫刻家の病死、娘の石膏像、切り取られた首、叔父の依頼。

探偵が最初に手にする材料は、この四つです。

なぜ首だったのか。なぜ石膏像だったのか。

なぜこの時期だったのか。問いは、最初から三つ並んでいます。

どれも、答えの方向を絞れません。首を切ることに意味があったのか。

石膏像でなければならなかったのか。彫刻家が死んだ直後という時期に、何かがあるのか。

像の損壊という小さな一点から、探偵は調査に踏み込みます。

読みどころ

この長編の醍醐味は、石膏像の首という一点から、探偵が手がかりを集め、仮説を組み立て、自分で検算し、組み直していく作法の徹底にあります。 一つの仮説を立てる。

手がかりと突き合わせる。合わなければ捨て、合う部分だけ残して、次の仮説を立てる。

その往復が、560ページの間、途切れません。仮説は一度では決まらず、決まったと思った仮説も、次の手がかりで崩れます。

崩れたあとに残るものだけが、次の足場になります。読み手も同じ材料を持っていますから、探偵の検算に自分の検算を並べることができます。

途中で自分の仮説が探偵のそれとどこで分かれたのかを振り返れるのも、この書き方ならではの楽しみです。

もうひとつは、入り口の小ささです。殺人でも失踪でもなく、像の首。

この小さな一点が、なぜ探偵の調査に値するのか。読み進めるうちに、その一点が持つ重さが、少しずつわかってきます。

石膏像の首という一点に、なぜこれだけの頁数が要るのか。読み終えたときには、その答えが手の中にあります。

小さな入り口から大きな構造へ。法月綸太郎の長編の作法が、ここでは最も長い射程で使われています。

560ページは、短くありません。論理の往復に付き合う根気が要ります。

けれども、その往復を省略しない書き方こそが、この作品の骨格になっています。ときには頁をめくる手を止めて、自分なりの仮説を書き留めてみるのもいいでしょう。

急がずに、探偵と一緒に検算してください。

作品の背景

単行本は2004年9月に角川書店から出ました。2005年に第5回本格ミステリ大賞を受賞し、同年の「このミステリーがすごい!」国内編と本格ミステリ・ベスト10国内編でいずれも1位、前年の週刊文春ミステリーベスト10国内部門で2位。

本格の賞と、年末ランキングの両方で頂点に立った作品です。角川文庫版は2007年10月の刊行で、電子版もあります。

手に取るなら

角川文庫で560ページです。法月綸太郎シリーズの10作目ですが、事件は独立していて、この一冊から読み始めても困りません。

本格ミステリ大賞と二つの年末ランキングの1位を重ねたこの作品から、シリーズに入るのも一つの道です。論理の密度を求める人、手がかりを自分で検算したい人に。

石膏像の首が切り取られた——その一点から、560ページぶんの検算が始まります。

法月綸太郎について

法月綸太郎は1964年、島根県松江市に生まれました。京都大学法学部に進み、京大推理小説研究会では綾辻行人・我孫子武丸と同期でした。

1988年、島田荘司の推薦を受けて『密閉教室』でデビューし、新本格の書き手として歩み出します。第2作『雪密室』からは、作者と同名の推理作家・法月綸太郎が警視の父とともに事件に挑むシリーズを書き継いできました。

敬愛するエラリー・クイーンの設定にならった形です。

2002年に短編「都市伝説パズル」で第55回日本推理作家協会賞短編部門、2005年に『生首に聞いてみろ』で第5回本格ミステリ大賞を受賞しました。評論家としても知られ、クイーン作品を論じるなかで「後期クイーン的問題」を提起しています。

2013年から2017年まで本格ミステリ作家クラブの会長を務め、2025年には新保博久との往復書簡『死体置き場で待ち合わせ』で本格ミステリ大賞の評論・研究部門も受けました。

書誌情報

出版社
KADOKAWA / 角川文庫
刊行年
2004
ISBN-13
9784043803026
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物
受賞歴

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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