現代国内 2006
盗むのではない。
贋作を本物に取り替える。
『怪盗グリフィン、絶体絶命』法月綸太郎

書評

怪盗グリフィン、絶体絶命

美術館の贋作すり替えから国家規模の盗みへ、論理で押し切る怪盗の冒険譚。

目次

「あるべきものを、あるべき場所に」。それが怪盗グリフィンの信条です。

法月綸太郎『怪盗グリフィン、絶体絶命』は、その怪盗のもとに舞い込んだ、奇妙な依頼から始まります。ニューヨークのメトロポリタン美術館にある贋作のゴッホを、本物とすり替えてほしい。

しかし、それは巧妙な罠でした。グリフィンは次に、国家の威信をかけた「盗み」を引き受ける羽目になります。

この長編は、2006年に講談社の叢書「ミステリーランド」の一冊として刊行されました。かつて子どもだった大人と、いまの少年少女の両方に向けて編まれた叢書です。

論理の作家が、子どもに向けて書いた怪盗小説。「このミステリーがすごい!」2007年版で国内8位に入りました。

物語の入り口

怪盗グリフィンの信条は、「あるべきものを、あるべき場所に」。盗むのではなく、あるべき場所へ戻す。

その信条を持つ怪盗のもとへ、奇妙な依頼が舞い込みます。ニューヨークのメトロポリタン美術館にある贋作のゴッホを、本物とすり替えてほしい、というのです。

ふつうは本物を贋作にすり替えます。逆です。

贋作を本物に。なぜそんなことを頼むのか。

誰が頼むのか。

しかし、それは巧妙な罠でした。罠にかかったグリフィンは、次に、国家の威信をかけた「盗み」を引き受ける羽目になります。

どこの国の、何の威信か。何を盗むのか。

読者は、この怪盗の背中を追って、ニューヨークの美術館から、一国の面目がかかった大仕事へと連れ出されます。展示室の壁に掛かった一枚の絵を入れ替える依頼と、国の名を背負う盗み。

二つの仕事のあいだの落差は途方もなく、物語の舞台はそこで一気に大きく開けます。美術館の一室から始まった話が、ここまで跳ね上がる。

その勢いのよさが、冒険活劇の名にふさわしい幕開けを作っています。

読みどころ

この冒険活劇の醍醐味は、怪盗の仕事を、論理の作家が論理で組み立てているところにあります。 盗みには条件があります。

どの条件が満たされれば何が可能になり、どの条件が欠ければ何が不可能になるのか。グリフィンは、その条件を一つずつ確かめながら計画を組みます。

法月綸太郎の探偵が手がかりから真相を詰めるのと、同じ手つきです。探偵が過去に起きたことを再構成するなら、怪盗はこれから起こすことを設計する。

向きが逆なだけで、頭の使い方は同じです。

もうひとつは、題名の「絶体絶命」が示す追い詰められ方です。依頼が罠だったとわかった時点で、怪盗は、信条にかなうはずだった仕事から押し出されています。

自分で狙いを定めた獲物ではなく、引き受けざるをえなくなった盗みに挑む。怪盗ものの主人公としては、ずいぶん分の悪い出発です。

美術品を「あるべき場所」へ戻すことを信条とする者が、罠の結果として、望まない盗みの側に立たされる。信条と仕事のこのずれに、題名の四文字が重なります。

その不利な位置から、論理で押し切っていく——それも、力ずくではなく、条件の読み替えで。その痛快さは、子ども向けの叢書だからといって、手加減されていません。

子どもに向けて書かれた本ですが、大人が読んで物足りないということはありません。むしろ、論理の作家が説明を省かずに書いているぶん、盗みの条件が大人にもはっきり見えます。

かつて子どもだった人にこそ、届く本です。

作品の背景

手がかりから論理で真相を詰める書き方を貫いてきた法月綸太郎が、探偵ではなく怪盗を主人公に据えたのが、この作品です。単行本は2006年3月、講談社の叢書「ミステリーランド」第9回配本として刊行されました。

箱入りクロス装、ブックデザインは祖父江慎、本文は精興社明朝、挿絵は本秀康。子どもに向けた叢書ならではの、贅沢な造本です。

2012年8月に講談社ノベルス、2014年9月に講談社文庫に入りました。「このミステリーがすごい!」2007年版国内8位。

2015年に続篇『怪盗グリフィン対ラトウィッジ機関』が出ています。

手に取るなら

講談社文庫で304ページ、電子版もあります。法月綸太郎シリーズの探偵小説を読んできた人には、同じ作家が怪盗を書くとどうなるかを確かめる機会です。

ミステリを普段読まない人や、子どもと一緒に読む本を探している人にも手渡せます。続篇『怪盗グリフィン対ラトウィッジ機関』もありますから、気に入ればもう一冊待っています。

贋作のゴッホを、本物とすり替えてほしい——その奇妙な依頼から、怪盗の絶体絶命が始まります。

法月綸太郎について

法月綸太郎は1964年、島根県松江市に生まれました。京都大学法学部に進み、京大推理小説研究会では綾辻行人・我孫子武丸と同期でした。

1988年、島田荘司の推薦を受けて『密閉教室』でデビューし、新本格の書き手として歩み出します。第2作『雪密室』からは、作者と同名の推理作家・法月綸太郎が警視の父とともに事件に挑むシリーズを書き継いできました。

敬愛するエラリー・クイーンの設定にならった形です。

2002年に短編「都市伝説パズル」で第55回日本推理作家協会賞短編部門、2005年に『生首に聞いてみろ』で第5回本格ミステリ大賞を受賞しました。評論家としても知られ、クイーン作品を論じるなかで「後期クイーン的問題」を提起しています。

2013年から2017年まで本格ミステリ作家クラブの会長を務め、2025年には新保博久との往復書簡『死体置き場で待ち合わせ』で本格ミステリ大賞の評論・研究部門も受けました。

書誌情報

出版社
講談社
刊行年
2006
ISBN-13
9784062779098
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物
受賞歴

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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