現代国内 2005
モロッコ水晶の謎
『モロッコ水晶の謎』有栖川有栖

書評

モロッコ水晶の謎

毒入りグラスと十人の関係者、論理だけで犯人に迫る本格推理の醍醐味を4編で味わえる

モロッコ水晶の謎 表紙画像
有栖川有栖 講談社(講談社文庫)2005年
目次

社長宅で開かれたパーティーの席で、有栖川有栖の目の前で毒殺事件が起こります。そのとき屋敷にいたのは十人。

いったい誰がグラスに毒を入れることができたのか、そしてなぜそんなことをしたのか。表題作「モロッコ水晶の謎」が差し出してくるのは、そのふたつの問いにきゅっと絞りこまれた謎です。

派手な道具立てで目をくらませるのではなく、状況と論理だけを頼りに答えへにじり寄っていく。本格推理のいちばん純度の高い楽しみが、ここにはまっすぐ詰まっています。

物語の入り口

謎に挑むのは、臨床犯罪学者の火村英生と、大学時代からの友人で推理作家の有栖川有栖。論理で真相を射抜く火村と、そのかたわらで事件を見届けるアリス。

この二人組が、毎回ちがう顔つきの事件に向き合っていくシリーズです。

本書に収められているのは四編。巻頭の「助教授の身代金」では、助教授役で広く名を知られた俳優が誘拐されます。

続く「ABCキラー」は、アガサ・クリスティーの『ABC殺人事件』を題材にしたアンソロジーのために書かれた一編。「推理合戦」はごく短い掌編で、ひと息に読み切れる軽やかさがあります。

そして最後を締めくくるのが、毒入りグラスの謎を扱う表題作です。

読みどころ

いちばんの見せ場は、やはり表題作の推理です。パーティー会場の毒殺、限られた顔ぶれという設定は古典的ですが、火村はそこから「超絶」と呼びたくなるほどの論理で真相を手繰り寄せていきます。

誰がグラスに近づけたのか、何のためだったのか。読者も手がかりを並べ直しながら、火村と一緒に頭をフル回転させたくなるはずです。

もうひとつの楽しみは、四編の手触りの違いです。誘拐事件で幕を開け、クリスティーへの目配せがきいた一編、ひと息の掌編を挟んで、最後は本格推理の真っ向勝負へ。

一冊のなかで長さも趣向もがらりと変わるので、一話ずつ間を空けて読んでも、まとめて読んでも、それぞれの味わいが残ります。クリスティーの作品を読み込んできた人なら、「ABCキラー」という題名を目にしただけで、つい先にページをめくってしまうかもしれません。

こんな人におすすめ

「誰が、なぜ」を論理で詰めていく正統派の謎解きが好きな人に向いています。シリーズを初めて手に取る人にとっても、一話ごとに完結する作品集は入りやすい入り口です。

作品の背景

国名を題名に冠したシリーズの第8弾で、2005年3月に講談社ノベルスから刊行されました。「助教授の身代金」は2004年9月、表題作は2005年1月に、いずれも『小説現代』増刊号のメフィストに発表されています。

「ABCキラー」の初出は講談社文庫のアンソロジー『「ABC」殺人事件』(2001年)、「推理合戦」は綾辻行人との企画として、携帯サイト「J-ミステリ倶楽部」に2002年に載ったものです。

2016年1月に日本テレビで始まった連続ドラマ『臨床犯罪学者 火村英生の推理』では、「助教授の身代金」が「准教授の身代金」と題を改め、第3話の原作になりました。火村を斎藤工さん、アリスを窪田正孝さんが演じています。

手に取るなら

いま読むなら、2008年3月に出た講談社文庫版が手頃です。2009年9月からは電子版も配信されています。

シリーズの途中の巻ではありますが、一話ずつ完結する作品集なので、ここから二人に出会っても困ることはありません。十人の誰がグラスに毒を落としたのか、その答えを火村と競ってみたくなったら、迷わずこの一冊を。

有栖川有栖について

有栖川有栖は1959年、大阪市の生まれです。小学生のころから推理作家を志し、同志社大学法学部では推理小説研究会に所属しました。

卒業後は書店に勤めながら書き続け、1989年に『月光ゲーム Yの悲劇'88』でデビューします。1994年に書店を辞め、専業作家になりました。

作品は大きく二つの系列に分かれます。江神二郎が探偵役を務める学生アリスのシリーズと、臨床犯罪学者の火村英生と推理作家の有栖川有栖が組む作家アリスのシリーズです。

2003年に『マレー鉄道の謎』で第56回日本推理作家協会賞、2008年に『女王国の城』で第8回本格ミステリ大賞、2018年に火村英生シリーズで第3回吉川英治文庫賞、2022年に第26回日本ミステリー文学大賞を受けました。2000年から2005年までは本格ミステリ作家クラブの初代会長も務めています。

書誌情報

出版社
講談社 / 講談社文庫
刊行年
2005
ISBN-13
9784062759885
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物 · 連作短編

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リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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