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REVIEW · 書評
N° 041 · 2026-07-21
シャーロック・ホームズの回想 表紙画像
黄金期英国古典 ★ イチオシ

シャーロック・ホームズの回想

アーサー・コナン・ドイル / 早川書房(光文社文庫)
" 「銀星号事件」「マスグレイヴ家の儀式書」「最後の事件」を収めた、短編集第2集です。
#クセの強い天才探偵#ホームズの系譜#通勤30分で1話
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📝 管理人イチオシ書評 管理人実読・本サイト基準でイチオシ判定 ✓ 結末・犯人・トリックの種類には触れていません
curator's read

ミステリーとしての読みどころ

大レースの本命と目された名馬が、出走を前にして厩舎から忽然と消える。しかもその調教師までが死体で見つかり、英国じゅうが騒然となる——短編集『シャーロック・ホームズの回想』は、そんな一幕から幕を開けます。

ホームズ物語の第2短編集にあたる本書は、競馬から国家機密、名探偵自身の若き日の追想まで、一冊のうちに驚くほど幅の広い謎を抱え込んだ巻です。名探偵という一個の装置が、いかに多彩な事件を呑み込めるか。

それを見せつけてくる一冊と言っていいでしょう。

著者について

著者のアーサー・コナン・ドイルは、1859年にエディンバラで生まれた医師作家です。エディンバラ大学医学部で学んだ折、恩師ジョセフ・ベル教授の鋭い観察眼と推論術に触れたことが、のちのホームズ像のひとつの下敷きになったと伝えられています。

前作にあたる第1短編集『冒険』で、ホームズ人気は爆発的なものへと膨れ上がりました。もっとも、当のドイルはホームズばかりを書き続ける暮らしにいささか倦んでおり、歴史小説や戯曲にこそ本腰を入れたいと考えていた時期でもあります。

生みの親が距離を置きたがっていた——その屈折を抱えたまま書き継がれた点も、本書を語るうえで見逃せません。収められた諸編は〈ストランド・マガジン〉の1892年12月号から1893年12月号にかけて掲載され、1894年に一冊へまとめられました。

書誌はやや込み入っていて、英国初版は11編、米国版は12編を収めています。邦題も版により「思い出」「回想」と分かれ、「ボール箱」という一編の収録有無まで版ごとに揺れる。

同じ作品集を指しながら目次が微妙に食い違うこと自体が、長く読み継がれてきた証しでもあります。

巻頭を飾るのは「銀星号事件」。大レースの本命と目された名馬シルヴァー・ブレイズが失踪し、その調教師までが死体で発見されて、英国じゅうが色めき立ちます。

手がかりの乏しい現場からホームズが糸口を手繰り寄せていくくだり、とりわけ「夜の犬の沈黙」へ着目する場面は、後世の作家たちに繰り返し引かれてきた名場面として知られています。続く諸編が並べてみせる題材は、これまた驚くほど散らばっています。

「グロリア・スコット号事件」は、ホームズがそもそも探偵になろうと決心した若き日を語る一編。「マスグレイヴ家の儀式書」もまた、名探偵の来歴に光を当てます。

「ギリシャ語通訳」では、ホームズの兄マイクロフトがはじめて姿を現す。「海軍条約事件」は国家の機密文書をめぐる緊迫した一件で、「黄色い顔」もまた収録作のひとつです。

競馬場から古い屋敷、外務省の机の上まで、事件の舞台は一編ごとに大きく様変わりします。そして巻を閉じるのが、最終編「最後の事件」。

ここでホームズは、宿敵モリアーティ教授と対峙することになります。ドイルがホームズとモリアーティをスイス・ライヘンバッハの滝へと差し向け、シリーズにひとつの区切りを与えた一編です。

連載の最終回が世に出るや、〈ストランド〉の読者からは抗議の手紙が殺到したと伝えられ、その騒動そのものが、いまやホームズ伝説の一部として語り継がれています。物語の中身を知る前から、その名だけで身構えてしまう読者も少なくないはずです。

読みどころ

この一冊の面白さは、なにより引き出しの多さにあります。 競馬、暗号めいた謎、過去の追想、国家機密、そして家族——前作『冒険』で固まったホームズものの型を用いながら、ドイルは意識して題材を広げにかかっています。

同じ名探偵が主役でありながら、めくるページごとに手触りが変わっていく。読者はワトソンのすぐ隣に腰を据えて、ある編では競馬場の喧騒に、次の編では古い屋敷の静けさに立ち会うことになります。

もうひとつの読みどころは、マイクロフトの登場です。兄という存在が現れたことで、ホームズは「家族を持つ人物」として一段の厚みを帯び、シリーズは一個人の冒険譚からより大きな世界へと開かれていきます。

孤高の変人が、ふいに肉親の顔をのぞかせる——その意外な一面もまた、本書ならではの収穫です。

短編をまとめて味わいたい方、シリーズがひとつの転機を迎える瞬間に立ち会いたい方には、迷わず薦められる一冊です。英国古典の名探偵ものが持つ引き出しの広さを、順を追って確かめたい向きにもうってつけでしょう。

逆に、長い一本の謎へじっくり潜り込みたい読者には、一編ごとに舞台も事件も切り替わっていく短編集の呼吸が、少しせわしなく感じられるかもしれません。とはいえ、その振れ幅こそが本書の身上です。

ひと晩でどれか一編、という気楽なつまみ読みにも応えてくれます。

手に取るなら

入手は容易で、創元推理文庫(深町眞理子訳)、光文社文庫(日暮雅通訳)、新潮文庫(延原謙訳)、角川文庫(駒月雅子訳)などが現役、電子書籍版も揃っています。順番に読み進めるなら、前作『冒険』の次に本書を置き、その後は『シャーロック・ホームズの帰還(復活/生還)』『最後の挨拶』『事件簿』へと進むのが素直な流れです。

長編派の方は、『緋色の研究』『四つの署名』『バスカヴィル家の犬』『恐怖の谷』を併せてどうぞ。第1集と並べて、まず手に取りたい一冊です。

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書誌情報

出版社
早川書房 / 光文社文庫
原書刊行年
1894
邦訳刊行年
1981
ISBN-13
9784150739027
系譜
黄金期英国古典 / 連作短編 · 名探偵もの