現代国内 1998
報道各社に童話が届いた。
なぞるように死体が出た。
『名探偵に薔薇を』城平京

書評

名探偵に薔薇を

マスコミに届いた童話をなぞって事件が起きる、城平京の長編デビュー作

名探偵に薔薇を 表紙画像
城平京 東京創元社(創元推理文庫)1998年
目次

「ハンナはつるそう」。事件の現場には、そんな文字が残されていました。

城平京『名探偵に薔薇を』は、マスコミ各社に届いた一編の創作童話と、その童話をなぞったような死体の発見から動き出す推理小説です。やわらかな響きのメルヘンと、血なまぐさい現実とが、最初の場面で重ね合わされます。

第8回鮎川哲也賞の最終候補に残り、文庫オリジナルとして世に出た、著者の出発点にあたる作品です。

物語の入り口

発端は、一通の怪文書です。題して『メルヘン小人地獄』。

宛先は一つではなく、マスコミ各社に届けられます。中身は創作童話で、その物語のなかでは、ハンナ、ニコラス、フローラの三人が、順々に殺されていきます。

メルヘンの体裁をとりながら、そこに書き連ねられているのは三つの名前と、それぞれに訪れる死の順番です。

子ども向けの物語を思わせる「メルヘン」の一語と、殺しの段取りが、同じ紙の上に並んでいる。その取り合わせだけで、文書としての禍々しさは十分です。

やがて、メルヘンをなぞったように血祭りにあげられた死体が発見されます。現場には「ハンナはつるそう」の文字。

メルヘンのなかで最初に名を挙げられていた、その名が、現実の現場に書きつけられていたのです。創作の物語と、目の前の死体とが、この短い一行で結びつけられてしまいました。

紙の上の想像の産物だったものが、ここで生身の事件に変わります。

怪文書の文面、三人の名前、現場の文字。この時点で手元にある材料は、それだけです。

読み手は、三人の名前を書き連ねた文書を手渡されたまま、最初の現場の前に立たされます。その向こうにいる犯人に立ち向かうのが名探偵で、推理はここから動き出します。

読みどころ

読みどころは、童話と現実を重ね合わせてくる相手に、名探偵が推理で挑む構図にあります。

事件は、あらかじめ文章で書かれたメルヘンと、現実に見つかった死体とを並べる形で差し出されます。童話が先にあり、死体が後から現れる。

この順序のために、謎は「何が起きたのか」だけでなく、「書かれた物語と現実の現場とが、どう結びついているのか」という形でも立ち上がってきます。「メルヘン」というやわらかな言葉と、「血祭り」という荒々しい言葉。

その落差も、発端の印象をいっそう強くしています。名探偵が不敵な犯人に立ち向かう——その正面からの構えが、謎解きの物語としての骨組みを支えています。

もうひとつは、この作品がたどった道筋です。鮎川哲也賞の最終候補に残った原稿が、単行本を経ずに文庫で出る。

新人賞の選考から、そのまま読み手のもとへ届いた形です。二十代半ばの書き手による最初の長編が、いまも創元推理文庫で手に取れること自体、一つの事実として重みを持ちます。

のちに本格ミステリ大賞を受ける作家が、どんな推理小説から歩き出したのか——それを確かめられる場所が、この文庫の頁のなかにあります。

こんな人におすすめ

童話や歌をなぞって事件が起きる、見立ての趣向を持つ謎解きが好きな人には、発端の段階から惹きつけられる作品のはずです。鮎川哲也賞の受賞作や候補作を追いかけている人にも、候補作から文庫オリジナルになったこの作品は見逃せません。

『虚構推理』や『スパイラル 〜推理の絆〜』で城平京の名を知った人が、作家の最初の一歩までさかのぼって読むのにもよい機会です。不敵な犯人と推理で渡り合う、正統な構えの謎解きを好む人にも手渡したい作品です。

作品の背景

1998年に刊行された『名探偵に薔薇を』が、城平京の長編デビューとなりました。この作品は、第8回鮎川哲也賞の最終候補作です。

受賞には届きませんでしたが、東京創元社は単行本を経ずに、創元推理文庫のオリジナルとして刊行しました。初版は1998年7月24日、314ページ。

二十代半ばの書き手の原稿が、新人賞の最終選考の場から、文庫の棚へまっすぐ出てきたことになります。

城平京はのちに漫画『スパイラル 〜推理の絆〜』の原作も手がけます。小説と漫画原作の両方を書いていく、その歩みの最初にあるのがこの文庫です。

手に取るなら

いま手に取るなら、東京創元社の創元推理文庫版です。1998年7月に初版が出た文庫オリジナルで、単行本を経ずに刊行されました。

314ページの文庫一冊に、怪文書の到着から名探偵の推理までが収まっています。著者のデビュー作にあたるので、城平京をこれから読み始める人の入り口としても向いています。

怪文書に書かれた三人の名前と、現場に残された一行。その二つを胸に抱えたまま、名探偵の推理に最後まで付き合える一冊です。

城平京について

城平京は1974年、奈良県生まれの作家・漫画原作者です。筆名は古都・平城京のもじりで、大阪市立大学を卒業しています。

1997年、公募アンソロジー『本格推理』に短編「飢えた天使」が載り、翌1998年、第8回鮎川哲也賞の最終候補作『名探偵に薔薇を』が創元推理文庫から刊行されてデビューしました。

その後は漫画原作でも大きな仕事を重ね、『月刊少年ガンガン』に連載された『スパイラル 〜推理の絆〜』はヒットシリーズになりました。ほかに『絶園のテンペスト』の原作も手がけています。

小説では2012年、『虚構推理 鋼人七瀬』で第12回本格ミステリ大賞の小説部門を受け、同作に始まる虚構推理シリーズを書き継いでいます。

書誌情報

出版社
東京創元社 / 創元推理文庫
刊行年
1998
ISBN-13
9784488423018
系譜
現代国内 / 名探偵もの

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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