戦友はそう遺して死んだ。
獄門島
瀬戸内の孤島と俳句の見立て。週刊文春東西ミステリーベスト100国内1位の戦後本格。
瀬戸内海の小島、獄門島。金田一耕助がそこへ向かったのは、復員船で息を引き取った戦友から、自分の代わりに島へ行ってくれと頼まれたからでした。
妹たちが殺される、という言葉を添えて。島の網元の家で金田一を迎えるのは、美しく、それでいてどこか普通ではない三姉妹です。
『獄門島』は、週刊文春の「東西ミステリーベスト100」国内編で、1985年版と2012年版のいずれも1位に選ばれた、金田一耕助シリーズの長編です。
物語の入り口
復員船の中で、鬼頭千万太が死にました。金田一耕助の戦友です。
死の間際、彼は金田一に遺言を託します。三人の妹たちが殺される。
おれの代わりに、獄門島へ行ってくれ。遺言を届けるため、金田一は瀬戸内海の孤島へ渡ります。
戦友の最後の頼みを、断ることはできませんでした。物語が動き出すのは、終戦から間もない頃です。
獄門島は、江戸三百年を通じて流刑の地とされてきた島です。そこで網元として君臨するのが、鬼頭家。
金田一はその家を訪ね、三姉妹に会います。美しい。
しかし、どこか尋常でない。初対面の三人を前にした金田一の胸には、三人の妹たちが殺される、という戦友の言葉が重く残っています。
そして、遺言が告げたとおりに、島で人が殺されていきます。事件は、芭蕉の俳句に見立てられている。
十七音の短い詩と、血の流れる事件とが並べて置かれる。その取り合わせの異様さが、潮風の吹く島の閉じた空気を、いっそう重く淀ませていきます。
島の住人でも警察でもない金田一は、よそ者として土地の事情を一つずつ聞き取っていくほかありません。
読者は、流刑の島の網元の家に、金田一とともに立たされます。孤島というクローズドサークルと、見立て殺人。
本格ミステリの古典的な骨格が、瀬戸内の島の風土のなかに置かれています。見立て殺人の先例としては、ヴァン・ダインの『僧正殺人事件』が1929年にありますが、それを日本の孤島と俳句で組み直したのが『獄門島』です。
三姉妹と、遺言と、俳句。金田一耕助は、その三つのあいだで、悪夢の連鎖に向き合うことになります。
読みどころ
瀬戸内の流刑の島と芭蕉の俳句が、本格ミステリの古典的な骨格を、日本の風土のなかへそっくり移し替えています。 孤島のクローズドサークル、見立て殺人。
西洋の本格が磨いてきた型を、流刑の島と網元の家と俳句で、まったく別の手触りに変えました。型は借りものでも、島の地形や家の系譜、流刑地としての来歴といった土地の情報が、そのまま謎の材料として組み込まれていきます。
江戸の三百年を流刑地として過ごしてきた島の来歴と、網元の家の重みとが重なって、よそ者の金田一の前に立ちはだかる。その閉ざされた手ごたえが、読み進めるほど濃くなります。
もうひとつは、金田一耕助という探偵役の立ち位置です。戦友の遺言を届けるために島へ渡った男が、遺言どおりに起きた連続殺人に立ち会う。
探偵として呼ばれたのではなく、遺言を託されて来た。その私的な動機が、この物語の色合いを決めています。
部外者として島に立ち、聞き取った話から状況を組み立てていく金田一の視点に沿って、読者も同じ材料で謎に向き合えます。
こんな人におすすめ
1985年と2012年、二つの版のランキングで1位に置かれた国内本格を、自分の目で読んでおきたい人にまず向いています。孤島に閉ざされた人間関係の見取り図や、俳句に見立てられた事件という趣向に惹かれる読者にも合うでしょう。
金田一耕助シリーズをこれから読む人には、戦友の遺言を届けに来たよそ者として島に立つこの長編が、探偵の人柄をつかむ入り口になります。逆に、戦後間もない時代の風土や言葉遣いに距離を感じる人は、最初の数十ページで少し慣れが要るかもしれません。
慣れたあとの見返りは、大きい。
作品の背景
横溝正史は戦時中、岡山県に疎開し、そこで英米の黄金期本格を読み込みました。戦争が終わると、雑誌『宝石』の1947年1月号から1948年10月号にかけて、この長編を連載しました。
金田一耕助シリーズの一冊で、疎開先で読み込んだ黄金期本格の型が、瀬戸内の島の風土と結びついています。
週刊文春の「東西ミステリーベスト100」では、その国内編で、1985年版でも2012年版でも本作が1位でした。四半世紀を隔てた二つの版で、同じ順位に置かれたことになります。
映像化も多く、1977年には市川崑監督、石坂浩二主演の劇場版が作られました。角川文庫版のカバーイラストは杉本一文です。
手に取るなら
現行版は角川文庫。金田一耕助シリーズの一冊ですが、この作品単独で完結していますから、ここから入っても問題ありません。
『宝石』で2年近くかけて連載された物語を、文庫一冊で通して読めます。復員船の遺言を手に、獄門島へ渡ってください。
三姉妹が、そこで待っています。
横溝正史について
横溝正史は1902年、兵庫県神戸市の生まれです。1921年、雑誌『新青年』の懸賞で一等に選ばれた「恐ろしき四月馬鹿」で世に出て、大阪薬学専門学校を卒業したのち、1926年に江戸川乱歩の招きで上京して博文館に入りました。
『新青年』などの編集長を務め、1932年に退社して作家専業となります。戦前は由利麟太郎を探偵役にした『真珠郎』などを書き、戦時中は岡山県に疎開しました。
戦後、金田一耕助が初めて登場する『本陣殺人事件』で1948年に第1回探偵作家クラブ賞の長編賞を受け、『獄門島』『八つ墓村』『犬神家の一族』『悪魔の手毬唄』と、金田一ものの長編を書き継いでいきます。1970年代には角川文庫での再刊と映画化が重なって、まったく新しい世代の読者を得ました。
1976年に勲三等瑞宝章を受け、1981年に没しています。
書誌情報
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