戦後昭和国内 1981
鍵のかかった部屋で消え、
別の場所で死んでいた。
『トランプ殺人事件』竹本健治

書評

トランプ殺人事件

洋館のカード卓から人が消える、ゲーム三部作を締める長編推理。

トランプ殺人事件 表紙画像
竹本健治 講談社(講談社文庫)1981年
目次

ゲームの最中に、人がひとり消える。竹本健治『トランプ殺人事件』の骨組みは、この一行に言い尽くされています。

洋館で囲まれているのは、コントラクト・ブリッジの卓。その勝負が続くなか、ひとりの女性が鍵のかかった部屋から姿を消し、別の場所で屍体となって見つかります。

消えた人と、残された暗号。1981年、囲碁、将棋と題材を替えてきた三部作は、札遊びを舞台にしたこの長編で幕を引きました。

物語の入り口

舞台は洋館です。そこでは、コントラクト・ブリッジの卓が囲まれています。

札を配り、手を読み、勝負を重ねる。知的な遊戯のために人が集まった館で、その勝負のただなかに事件は起こります。

ひとりの女性が、鍵のかかった部屋から消えてしまうのです。出入りのできないはずの部屋から、人の姿だけが抜け落ちる。

消失はそれだけでも不可解ですが、事態はそこで止まりません。女性は、別の場所で屍体となって見つかります。

閉ざされた部屋から消えた人が、そこを離れた場所で死んでいる——この二つの事実が、最初の大きな謎として突きつけられます。勝負のために用意された時間は、そこであっけなく断ち切られます。

謎はもう一つあります。洋館では、ひとつの暗号が見つかっていました。

天才少年囲碁棋士・牧場智久らは、その解読に取りかかります。鍵のかかった部屋からの消失という物理の謎と、何が書かれているのかわからない暗号という読み解きの謎。

性質の違う二つの難問が、同じ洋館の屋根の下に並ぶことになります。札を読むために集まった館で、読むべきものが、人の消えた部屋と意味の取れない文字列とに置き換わる。

勝負のために用意された夜は、そこから別の顔を見せ始めます。

読者は、勝負の熱気が冷めやらぬ洋館に招き入れられ、消えた女性の行方と、解かれるのを待つ暗号とを、同時に目の前に差し出されます。どちらの謎から手をつけるのか。

牧場智久らが暗号に向き合い始めたところで、洋館の事件は本格的に動き出します。

読みどころ

密室からの消失と、洋館に残された暗号。二つの趣向を惜しみなく重ねた豪華さが、三部作の最後を飾ります。

不可能な消失は「どうして起こりえたのか」を、暗号は「何が書かれているのか」を、それぞれ読む側に問いかけてきます。問いの向きがまったく違う二つを一冊に抱えているので、読んでいるあいだ頭の休まる暇がありません。

そのうえ舞台は、コントラクト・ブリッジの札が配られている洋館です。ブリッジのルールを知らなくても構いません。

見慣れない競技の知識ごと、洋館の事件を味わえばよいのです。密室と暗号という、推理小説の古くからの華を二つ並べてみせる手つきには、三部作の締めくくりにふさわしい気前のよさがあります。

加えて、現行の講談社文庫版には、書き下ろしの短編「麻雀殺人事件」が併録されています。講談社文庫版の三部作には、それぞれ別のゲームを題材にした短編が添えられていて、『囲碁殺人事件』には「チェス殺人事件」、『将棋殺人事件』には「オセロ殺人事件」、そしてこの巻には麻雀の一編が収まっています——題名の遊戯とは別の卓がもう一つ用意されている、というわけです。

長年の読者にとっても、はじめての読者にとっても、うれしいおまけでしょう。

こんな人におすすめ

鍵のかかった部屋からの消失と、暗号の解読。その二つの言葉に反応する人には、迷わず開いてほしい作品です。

トランプやボードゲームの持つ知的な遊びの気配が好きな人にも向きます。そして何より、囲碁と将棋の二作を読み終えた人には、三部作の最後の一冊を見届けるという楽しみがあります。

暗号ものにあまり関心がない人でも、消失の謎一本で十分に引っぱられるはずです。

作品の背景

1981年8月、CBS・ソニー出版から『トランプ殺人事件』が刊行されています。1980年7月に『囲碁殺人事件』、翌1981年2月に『将棋殺人事件』、そして同じ年の8月にこの作品。

〈ゲーム三部作〉の三冊は、わずか1年あまりのあいだに書き継がれたことになります。碁盤と将棋盤のあとに竹本健治が選んだ最後の題材が、トランプでした。

2017年には、若き日の三部作が講談社文庫にそろって収められています。

手に取るなら

現行版は、2017年刊の講談社文庫版(368ページ)です。紙と電子の両方で入手でき、三作をまとめた電子合本も出ているので、はじめて読むならそちらで三部作を一気にそろえるのも手です。

『囲碁殺人事件』『将棋殺人事件』に続く完結編なので、読む順は刊行順がおすすめです。囲碁と将棋の二作を経て、この洋館のブリッジの卓へたどり着いてください。

竹本健治について

竹本健治は1954年、兵庫県相生市に生まれました。東洋大学文学部哲学科に在籍していた1977年、『虚無への供物』の中井英夫の推薦を受けて、探偵小説専門誌『幻影城』で長編『匣の中の失楽』の連載を始め、世に出ます。

新人がいきなり長編を連載するという異例のデビューで、メタミステリの書き手として注目を集めました。

『幻影城』の廃刊後は、天才少年囲碁棋士・牧場智久が登場する〈ゲーム三部作〉を発表し、一時はSFにも活動の場を移します。1991年には作者自身や実在の作家たちを作中に登場させる『ウロボロスの偽書』を刊行しました。

2016年の『涙香迷宮』は「このミステリーがすごい!」2017年版国内編で1位となり、翌年には第17回本格ミステリ大賞を受けています。大学で囲碁研究会に入り、アマチュアの全国大会にも出場した打ち手で、盤上の遊戯はしばしば作品の題材になっています。

書誌情報

出版社
講談社 / 講談社文庫
刊行年
1981
ISBN-13
9784062936330
系譜
戦後昭和国内 / シリーズ探偵物

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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