現代国内 2001
暗い宿
『暗い宿』有栖川有栖

書評

暗い宿

民宿から南の島のリゾートまで、泊まる宿ごとに手触りが変わる火村とアリスの4つの事件

暗い宿 表紙画像
有栖川有栖 角川書店(角川文庫)2001年
目次

旅先で借りる一夜の寝床が、そのまま事件の舞台になる。有栖川有栖の『暗い宿』は、取り壊しを待つ民宿から東京の豪華ホテルまで、「宿」を共通の舞台にした4編を収めた短編集です。

同じ主題で四つの建物を巡りながら、一編ごとに読み味がすっかり入れ替わる。火村英生シリーズの短編集のなかでも、舞台の統一と手触りの幅を同時に味わえる一冊です。

物語の入り口

旅先の宿は、見知らぬ者どうしがひと晩だけ同じ屋根の下で過ごす場所です。本書はその「宿」を共通の舞台にした4編を収めた短編集で、犯罪学者で大学助教授の火村英生と、友人の推理作家・有栖川有栖が、泊まった先でつぎつぎに事件と出くわします。

表題作では、アリスが廃業して取り壊しを待つばかりの民宿に泊めてもらいます。続く「ホテル・ラフレシア」は一転して南の島、石垣島の高級リゾートホテルが舞台です。

犯人当てゲームの催しに参加するため島を訪れた二人は、どこか訳ありげな夫婦と出会います。「異形の客」では温泉旅館に、顔をすっかり隠した奇妙な男が泊まっています。

そして最後の「201号室の災厄」では、東京の豪華なホテルで、海外のロックミュージシャンをきっかけに火村が厄介な事件に巻き込まれます。

読みどころ

4編は宿という一点でつながりながら、手触りがまるで違います。表題作には古く暗い建物に泊まる心細さがあり、夜の民宿の静けさがそのまま不穏さに変わっていきます。

「ホテル・ラフレシア」は、明るく快適な楽園のようなリゾートに、言葉にしにくい薄気味悪さがにじみ出てくる一編です。作中で触れられるイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」の歌詞が、人を引き留めて離さないホテルという場所の不思議な引力を暗示していて、読み終えたあとまで妙に尾を引きます。

「異形の客」は、和風の旅館らしいくつろいだ空気と、正体の見えない客の不気味さとの落差が効いています。「201号室の災厄」はシリーズのなかでもかなりの異色作で、物語はほぼ火村ひとりの目線で進みます。

いつもは事件を一歩引いて観察する側の火村が、自分自身が災難のただなかに置かれた状況で頭を働かせる。ふだんは見えない彼の一面がのぞく一編として、火村に肩入れしている読者ほど楽しめるはずです。

どの話もそれほど長くはなく、宿に着いてから事件が起こり、謎が解かれるまでがきびきびと運びます。

こんな人におすすめ

旅や宿の空気ごと味わえるミステリを読みたい人に向いています。古い民宿から南の島のリゾート、温泉旅館、都会の高級ホテルまで、舞台が変わるたびに旅の気分も入れ替わります。

1編ずつ区切って読めるので、短い時間に少しずつ進めたい人にも合います。火村とアリスの軽妙な掛け合いを目当てに読んでいる人には、火村の別の顔が見られる最終話がとくに嬉しいところでしょう。

作品の背景

単行本は2001年に角川書店から刊行されました。作家アリスのシリーズでは、国名を題名に掲げた一連の短編集とは別系統の一冊にあたります。

収録作はいずれも宿を舞台にしており、あとがきにも旅先の宿をめぐる話が綴られているので、最後のページまで旅の気分が途切れません。読みながら、自分がこれまでに泊まった宿をつい思い出してしまう人も多いはずです。

手に取るなら

いまは角川文庫で読むことができ、電子書籍版も出ています。文庫は2003年10月の刊行で320ページです。

シリーズのほかの作品を知らなくても1編目から入っていけますが、火村とアリスのふだんの関係を知っていると、最終話の味わいはいっそう深くなります。気の向いた宿から泊まり歩くように、好きな順で開いていくのも一興です。

有栖川有栖について

有栖川有栖は1959年、大阪市の生まれです。小学生のころから推理作家を志し、同志社大学法学部では推理小説研究会に所属しました。

卒業後は書店に勤めながら書き続け、1989年に『月光ゲーム Yの悲劇'88』でデビューします。1994年に書店を辞め、専業作家になりました。

作品は大きく二つの系列に分かれます。江神二郎が探偵役を務める学生アリスのシリーズと、臨床犯罪学者の火村英生と推理作家の有栖川有栖が組む作家アリスのシリーズです。

2003年に『マレー鉄道の謎』で第56回日本推理作家協会賞、2008年に『女王国の城』で第8回本格ミステリ大賞、2018年に火村英生シリーズで第3回吉川英治文庫賞、2022年に第26回日本ミステリー文学大賞を受けました。2000年から2005年までは本格ミステリ作家クラブの初代会長も務めています。

書誌情報

出版社
角川書店 / 角川文庫
刊行年
2001
ISBN-13
9784041913079
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物 · 連作短編

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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