現代国内 2025
十三歳は列車の下に寝た。
次は殺人事件の捜査だ。
『コーリャと少年探偵団』柳広司

書評

コーリャと少年探偵団

『カラマーゾフの兄弟』を13歳の少年の目線で語り直した、探偵団ものの一冊。

コーリャと少年探偵団 表紙画像
柳広司 理論社2025年
目次

夏の夜、線路に寝そべって、列車が通り過ぎるまでじっと動かずにいる。そんな無茶な賭けに勝ってしまった少年が、この物語の語り手です。

名前はコーリャ、13歳。以来、町の子どもたちのあいだで一目置かれる存在になりました。

柳広司『コーリャと少年探偵団』は、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を下敷きに、少年の目線で語り直した児童文学の冒険ミステリーです。2025年5月に理論社から刊行されました。

物語の入り口

物語は、夏の夜の賭けから始まります。列車が通り過ぎるあいだ、レールの下に寝ていられるか。

友人たちと交わした、子どもらしくも命がけの賭けです。勝ったコーリャは、町の子どもたちのあいだで一目置かれるようになりました。

事件が起きる前の町で、この少年がどんな位置にいるのかが、その一場面で伝わってきます。そのコーリャの住む町に、カラマーゾフの三兄弟が帰ってきます。

自由奔放な長男ドミトリー、理知的な次男イワン、どこか不思議な魅力をたたえた三男アリョーシャ。三人はそれぞれ違う空気をまとっていて、町の子どもたちの目にも、その違いははっきり映ります。

コーリャにとって、この三人は大人であり、よそから戻ってきた人でもあります。

そして、三兄弟の父フョードルが死にます。それは殺人事件でした。

町は騒然となり、大人たちは大人たちの動き方をします。コーリャたちは、それとは別に、少年探偵団を結成します。

自分たちの目で、自分たちのやり方で、事件を調べる。線路の賭けで度胸を示した少年が、今度はその度胸を、町を揺るがした殺人事件に向けるわけです。

子どもが事件を調べる物語には、昔から独特の楽しさがあります。大人の決めた段取りを待たずに動き出し、仲間と額を寄せて相談しながら、自分たちの捜査を組み立てていく。

その勢いが、そのまま冒険の手ざわりになります。少年探偵団という枠組みは、古くからある形ですが、その枠組みを『カラマーゾフ』に当てはめたところに、この本の企みがあります。

原作を読んでいなくても、まったく問題ありません。自由奔放な長男、理知的な次男、不思議な三男。

三兄弟はその輪郭のまま13歳の少年の目の前に現れるので、登場する名前の多さに迷うことなく、町で起きる出来事を追っていけます。

読みどころ

この本の面白さは、文庫で何冊にもなる大長編を、少年の目線に置き換えて探偵小説の形に語り直したところにあります。 無謀にも聞こえる企てですが、13歳の語り手を置いたことで、大長編の入り組んだ家族の話が、町の少年が見聞きする出来事として手に取りやすい大きさに収まっています。

原作を知らない人にとっては、これがそのまま『カラマーゾフ』への入り口になります。文豪の名前に身構えていた人が、少年たちと一緒に町を駆け回っているうちに、いつのまにか三兄弟の名前を覚えている。

そういう本です。

もう一つは、語りの目線の高さです。三兄弟も、父の死も、町の大人たちの騒ぎも、13歳のコーリャの目を通して語られます。

線路の賭けで度胸を示した少年が、今度は仲間と探偵団を組み、自分たちのやり方で町の事件に向き合う。文豪の小説の登場人物として知られた名前が、少年の日常の言葉のなかに現れるので、古典という堅さを感じずに読み進められます。

冒険ものらしい勢いと、殺人事件を追う探偵小説の骨組みが、ひとつの語りのなかで同居しています。

対象は中学生からですが、大人が読んで物足りないということはありません。原作の名前は知っていても開いたことはないという大人が、最初に触れる『カラマーゾフ』として手に取るのにも向いています。

作品の背景

柳広司は、歴史や文学作品をモチーフにしたミステリーを長く書き継いできました。よく知られた物語や時代を枠として借り、その内側で謎を組み立てる。

今回その枠に選ばれたのが、ドストエフスキーの大長編です。

本作は2025年5月、理論社から四六判の単行本として出ました。児童文学の冒険ミステリーとして書かれ、理論社は対象を中学生からと示しています。

文庫で何冊にもなる大長編を、若い読み手の手に収まる一冊へ組み直した仕事です。

手に取るなら

理論社の四六判単行本です。電子書籍は出ていないので、紙の本で手に取ることになります。

夏のあいだに一冊、というときの選択肢として申し分ありません。若い読み手に手渡すなら、これは自信を持って渡せる本です。

大人が先に読んで、感想を交わすという楽しみ方もあります。原作を読んだことがあってもなくても、入り口は同じ夏の夜の賭けです。

レールの下で列車をやり過ごした少年と一緒に、町を揺るがす事件へ踏み出すことになります。

柳広司について

柳広司は1967年、三重県に生まれました。神戸大学法学部を卒業し、1998年に「挙匪(ボクサーズ)」で第4回歴史群像大賞の佳作に入ったのち、2001年に原書房から出た『黄金の灰』で小説家になります。

同じ年には『贋作『坊っちゃん』殺人事件』で第12回朝日新人文学賞を受けました。

初期の仕事の軸は、実在の人物や名作を借りて謎解きを組むことでした。シュリーマン、ソクラテス、マルコ・ポーロ、夏目漱石、シートンといった人々が、探偵役や事件の当事者として作中に呼びこまれます。

2008年の『ジョーカー・ゲーム』は陸軍のスパイ養成機関「D機関」を描いた連作で、翌年に第30回吉川英治文学新人賞と第62回日本推理作家協会賞をそろって受け、以後シリーズとして書き継がれました。歴史の枠組みに架空の事件を差し込む手つきは、スパイ小説に移ってからも変わっていません。

書誌情報

出版社
理論社
刊行年
2025
ISBN-13
9784652206836
系譜
現代国内

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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