ミステリーとしての読みどころ
夜ごと幽霊が歩き回ると噂される屋敷があります。そこへ霊能者の夫妻が関係者を招き、死者と交信する実験の場をととのえる——その最中に、閉ざされた部屋のなかで人が殺される。
『第四の扉』は、こんな古めかしくも背筋の冷たくなる舞台立てから幕を開ける密室本格です。作者は「現代のカー」と呼ばれるフランスのポール・アルテ。
不可能犯罪への偏愛をまるごと一冊に注ぎ込んだ、その記念すべきデビュー作にあたります。
著者について
ポール・アルテという名前は、ある一人の巨匠の影とともに語られてきました。黄金期の探偵小説を代表する不可能犯罪の名手、ジョン・ディクスン・カー。
アルテはそのカーに深く私淑し、「現代のカー」「フランスのディクスン・カー」と称される作家です。謎解き小説そのものが下火になっていた時代のフランスにあって、あえて古き良き本格の火を絶やすまいとした書き手でもあります。
その最初の一歩が本書でした。1987年に発表された本作は、アルテのデビュー作にして、犯罪学者アラン・ツイスト博士が活躍するシリーズの第1作。
フランスではコニャック・ミステリ大賞に輝き、遅れて2002年にハヤカワ・ミステリ文庫から邦訳が出ると、日本の読者を強くとらえました。〈本格ミステリ・ベスト10〉で三年連続の第1位——このロングセラーぶりが、作品の底力を何より雄弁に物語っています。
物語の中心にあるのは、幽霊が出るという噂の絶えない一軒の屋敷です。誰が住みついても長くは続かず、夜ごと何者かの気配が漂う——そんな薄気味悪い評判を背負った家に、一組の霊能者の夫妻がやってきます。
彼らは関係者を招き入れ、死者との交信を試みる交霊実験の場をととのえる。灯りを落とした部屋、息をひそめる人々、テーブルの上でゆらぐ空気。
理性では割り切れない何かが、ゆっくりと室内に満ちていきます。
そして、その実験のさなかに事件は起こります。固く閉ざされた部屋の内側で、人が命を奪われるのです。
出入りの術を断たれたはずの空間で、なぜ、どうやって——現実の理屈ではうまく説明のつかない状況だけが、あとに残される。幽霊の噂と、閉ざされた部屋の謎。
ふたつの不気味さがここでひとつに絡み合います。読者はといえば、暗がりの交霊実験に居合わせた一人のように、常識が音を立ててきしむその瞬間を、すぐそばで目撃することになります。
この奇怪な謎に挑むのが、犯罪学者アラン・ツイスト博士です。怪奇と論理のあわいに立つ事件に、博士は静かな観察の目を向けていく。
得体の知れない噂話にも、超自然めいた気配に取り囲まれてもなお、落ち着きを失わないその探偵ぶりは、黄金期の名探偵たちの系譜にまっすぐつながっています。読者は博士とともに屋敷のよどんだ空気を吸い込みながら、不可解の一部始終を間近で見届ける位置に立たされるのです。
手がかりは、そこかしこに置かれているのかもしれません。
読みどころ
読みどころは、忘れられかけていた本格の愉しみを、一人の作家がまるごと甦らせようとしているところです。 不可能に見える状況をこしらえ、読者に真正面から「さあ、解けるか」と挑みかける——アルテが受け継いだのは、そんな謎解きの精神です。
奇怪な謎の手ざわりと、それを論理の光で照らし出していく快感。黄金期の探偵小説がいちばん輝いていた頃の呼吸が、そのまま本書には流れています。
そして、その先に待っているのは意外な真相だと、長く語り継がれてきました。この作品を日本で三年連続の第1位に押し上げたのは、まさに読み終えたときの驚きにほかなりません。
海の向こうで生まれた本格ミステリが、言葉の壁を越えて日本の熱心な読み手たちをこれほど夢中にさせた——その事実だけでも、本書がただの懐古趣味ではなかったことがわかります。どんな決着が用意されているのかはページの向こうに取っておくとして、これほど長く読み継がれてきたという一点そのものが、その完成度を何よりも保証しています。
純粋な謎解きの手ごたえを味わいたい読者、不可能犯罪や密室という言葉に胸が高鳴る読者には、迷わず薦められる一冊です。逆に、登場人物の心理をじっくり描くタイプの物語や、現代的でリアルな犯罪劇を求めて開くと、その古風なまでに謎解き一本槍な姿勢は少し意外に映るかもしれません。
けれど、その一途さこそがアルテの持ち味であり、本書がこれほど愛されてきた理由でもあります。近ごろのミステリの賑やかさから少し離れて、謎そのものと静かに向き合いたくなったとき、この一冊はいい相手になってくれるはずです。
パズルとしてのミステリを心ゆくまで堪能したい夜に、まさによく似合う作品です。
手に取るなら
現在は、ハヤカワ・ミステリ文庫で手に取ることができます。巻末には麻耶雄嵩による解説を収録。
アルテのデビュー作であると同時に、ツイスト博士シリーズの出発点でもあるので、この作家の世界へ足を踏み入れる最初の一冊としても誂え向きです。フランス発の本格ミステリがどれほどの豊かさを秘めているのか——その入口として、これほど確かな一冊はそうそうありません。