事件の舞台になる。
赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。
旅する赤ずきんが、シンデレラや眠り姫の国で次々に事件へ行き当たる連作の第1作。
クッキーとワインを持って、赤ずきんが旅に出ます。原話の赤ずきんが歩くのは、森の奥に住む祖母の家までの、短いお使いの道のりです。
青柳碧人『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』は、その短い道のりを長い旅へと延ばし、少女をよく知られた西洋童話の国々へ歩かせる連作短編ミステリです。題名が告げるとおり、道中で行き当たるのは死体。
赤い頭巾の旅人が、行く先々で謎の前に立つことになります。
物語の入り口
旅の荷物は、クッキーとワイン。少女はそれを携えたまま歩きつづけ、途中で事件に遭遇します。
下敷きになる童話は四つ。「シンデレラ」「ヘンゼルとグレーテル」「眠り姫」「マッチ売りの少女」です。
どれも絵本やアニメーションを通じて、筋を覚えている人の多い物語でしょう。題名を聞いただけで、場面のひとつやふたつが自然に浮かんでくるはずです。
本書は、そうした見慣れた童話の土地へ、よその物語から来た少女を送り込みます。
赤ずきんは、どの土地でも旅人です。その国の生まれでもなければ、そこに暮らす人々の古い知り合いでもありません。
事件のまわりにいる人々がそれぞれの事情を抱えているところへ、頭巾の旅人がふらりと通りかかる。探偵役を外から来た人間に任せるこの構えが、連作全体の骨組みになっています。
土地のしがらみを持たない者が、その土地の出来事を眺める——ミステリの探偵にとって、昔から馴染みのある立ち位置です。
読む側は、赤い頭巾のすぐ後ろを歩くようにして、知っているはずの童話の国へ一歩ずつ入っていきます。筋書きなら子どものころから知っている。
けれども、そこで出会うのは題名どおりの死体です。見慣れた舞台と、そこに横たわる事件との落差が、この連作の入り口です。
加えて、心に留めておきたいことがあります。この連作には、全編を通した大きな謎も隠されています。
一編ごとの事件とは別に、連作の底をもう一本の謎が流れているということです。その存在だけを頭の片隅に置いて、最初の国へ向かうのがよいでしょう。
読みどころ
読みどころは、よく知られた童話の世界で、小道具を使ったトリックが次々と繰り出されるところにあります。
仕掛けの数は多く、四つの童話の国のあちこちに顔を出します。童話の国は、現実の町とは約束事の違う舞台です。
魔法めいた出来事も語り継がれてきた国々を舞台にしながら、仕掛けの側は小道具という手に取れる物で組み立てられている——童話の風景と、物を使ったトリックの取り合わせが、この連作の芯にあります。一話ごとに事件が立ち、一話ごとに推理がめぐるので、区切りのよいところで本を閉じられるのも連作短編ならではの利点です。
もうひとつは、事件を通して読む意味が用意されていることです。一編ずつ楽しめる作りの底に、全編を貫く謎が置かれている。
拾い読みもできる連作でありながら、頭から順に読む理由がはじめから組み込まれているわけです。目の前の事件を追いながら、もう一本の糸も視界の端に置いておく——そういう読み方を促す作りだと言えます。
作品の外に目を向けると、2023年9月14日にはNetflixで映画版が世界配信されました。監督は福田雄一、赤ずきん役は橋本環奈、シンデレラ役は新木優子、王子役は岩田剛典です。
配信直後には、週間グローバルトップ10の映画・非英語部門で1位に入りました。たなかのかによる漫画版もあります。
こんな人におすすめ
子どものころに親しんだ童話を、別の角度から読み直してみたい読者に向きます。一話ごとに謎解きの区切りがつく連作なので、長い物語を追う時間の取りにくい人にも手に取りやすい作りです。
逆に、現実の町や警察の捜査を舞台にした本格を好む人には、童話の国という設定そのものが合うかどうかで印象が分かれるでしょう。
作品の背景
本書は2020年8月に双葉社から単行本で出て、2022年8月に双葉文庫に収められました。前年の2019年に同じ双葉社から出た『むかしむかしあるところに、死体がありました。』が日本の昔話を題材にしていたのに対し、本書は西洋の童話を題材にしています。
赤ずきんシリーズの第1作にあたり、のちに『赤ずきん、ピノキオ拾って死体と出会う。』『赤ずきん、アラビアンナイトで死体と出会う。』『赤ずきん、イソップ童話で死体と出会う。』と続いていきました。昔話の次は童話、童話の次はピノキオやアラビアンナイト、イソップと、題材の地図は巻を追うごとに広がっています。
手に取るなら
いま手に取るなら、双葉文庫版です。336ページで、Audible版もあります。
赤ずきんシリーズの第1作なので、続く三冊を読むつもりならここから始めるのが順当です。旅する少女の後ろについて、最初の国の門をくぐってみてください。
青柳碧人について
青柳碧人は1980年、千葉市の生まれです。早稲田大学教育学部を卒業し、在学中はクイズ研究会に所属していました。
千葉市の学習塾で学習指導や教材開発に携わるかたわら書いた数学ミステリ『浜村渚の計算ノート』で、2009年に第3回「講談社Birth」小説部門を受けてデビューします。浜村渚のシリーズは長く書き継がれる代表作になりました。
日本の昔ばなしを密室やアリバイ、ダイイングメッセージといった謎解きの型に仕立てた『むかしむかしあるところに、死体がありました。』は2020年の本屋大賞で10位に入り、西洋の童話を下敷きにした赤ずきんのシリーズも続いています。2025年には、江戸川乱歩と杉原千畝を描いた歴史小説『乱歩と千畝─RAMPOとSEMPO─』が第173回直木三十五賞の候補になりました。
書誌情報
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