戦後昭和国内 1972
疑われたのは少女漫画家二人。
推理するのは中学生二人。
『仮題・中学殺人事件』辻真先

書評

仮題・中学殺人事件

漫画界の事件に中学生コンビが関わり、身近な好奇心から謎解きへ踏み出せます。

仮題・中学殺人事件 表紙画像
辻真先 東京創元社(創元推理文庫)1972年
目次

辻真先『仮題・中学殺人事件』は、1972年に世に出た、作者のミステリ作家としての第一歩です。事件の舞台はマンガの世界。

人気マンガ原作者の死をめぐって、新聞記者の兄と、少女マンガに通じた妹のキリコ、そして牧薩次が動き出します。

物語の入り口

事件は、遠く佐賀県で起こります。殺されたのは、人気マンガの原作者でした。

やがて、二人の少女マンガ家に容疑がかけられます。ところが、二人にはアリバイがあるという——謎は、まずこの形で差し出されます。

疑いは二人に向かっているのに、その二人ともが、犯行の場から離れていたとされる。容疑とアリバイが同時に並ぶ、すっきりとした問いの立て方です。

この容疑者二人にインタビューすることになったのが、夕刊サンの記者・可能克郎です。ただ、相手は少女マンガ家です。

そこで同行するのが、少女マンガに通じた妹の可能キリコ。取材の相手が暮らす世界に明るい身内を、兄は隣に連れていくことになります。

そして、もう一人、牧薩次も加わります。薩次とキリコの二人は、愛称でポテトとスーパーと呼ばれます。

記者の兄と、マンガに詳しい妹と、牧薩次。三人連れで、少女マンガ家たちを訪ねることになります。

新聞の取材という大人の仕事に、マンガ好きの知識が加勢する取り合わせが、どこか微笑ましい。一方で、向かう先にいるのは殺人の容疑をかけられた二人で、和やかな顔ぶれとは裏腹に、話の中身は穏やかではありません。

アリバイを持つとされる二人の容疑者と、話を聞きに出向く三人。取材の扉が開いたその先から、キリコと薩次の長い探偵譚の、最初の一頁がめくられます。

読みどころ

本作の妙味は、1972年のマンガの世界を事件の舞台に選び、その内側に通じた妹を謎解きの輪に加えたところにあります。

被害者はマンガの原作者、容疑者は少女マンガ家。事件の人物配置が、そっくりマンガ界の中に収まっています。

そこへ取材に向かう記者に、少女マンガに造詣の深い妹が同行するという設定が、この作品の顔つきを決めています。事件記者の硬い仕事と、マンガ好きの柔らかな知識が並んで歩く。

その取り合わせの軽やかさは、シリーズの幕開けにふさわしいものです。アニメや特撮の脚本を数多く手がけた作者が、デビュー作の舞台にマンガの世界を選んでいる——その選び方も見逃せません。

原作者、マンガ家、それを取材する記者。作品を生み出す側と伝える側が交差する場所に、最初の事件は置かれています。

もうひとつは、この作品が歩んできた半世紀です。1972年の初刊から半世紀あまりを経て、創元推理文庫では2023年4月に新装版が刊行され、桂真佐喜の解説が付きました。

同じ年の7月には第2作『盗作・高校殺人事件』も同じ文庫の新装版になっています。この作品に登場する牧薩次の名は、のちに作者自身が『完全恋愛』を刊行するときの筆名にもなりました。

登場人物の名前が、作者の別名義として三十七年後に使われたことになります。

こんな人におすすめ

長く続くシリーズを第1作から順に追いたい方には、迷わずここが入口です。1970年代初めに書かれた国内ミステリを、いま出ている新装版で読んでおきたい方にも向きます。

ただ、半世紀前の作品ですから、当時のマンガ界の風俗や言葉づかいが、いまの目には古めかしく映るところもあるかもしれません。それでも、その時代の空気ごと味わえるのが、1972年の作品を新装版で読む楽しみです。

作品の背景

脚本家として活躍した辻真先が、ミステリ作家として第一歩を記したのが、1972年の本書です。本書は、可能キリコと牧薩次のコンビが活躍するシリーズの第1作でもあります。

シリーズは1976年の第2作『盗作・高校殺人事件』を経て、2013年の第6作『戯作・誕生殺人事件』まで書き継がれました。1972年から数えて41年、同じコンビを追い続けた長い歩みの出発点がここにあります。

手に取るなら

現在手に取るなら、2023年4月刊の創元推理文庫新装版です。解説は桂真佐喜が担当しています。

〈ポテトとスーパー〉を順に読むなら、ここが出発点で、続く第2作は『盗作・高校殺人事件』です。佐賀で起きた原作者殺しと、アリバイがあるとされる二人の少女マンガ家。

その最初の事件から、キリコと薩次の歩みを辿り始めてみてください。

辻真先について

辻真先は1932年、愛知県の生まれです。名古屋大学を卒業して1954年にNHKへ入り、制作進行や演出の現場を経験したのち、『鉄腕アトム』『サザエさん』『デビルマン』『Dr.スランプ アラレちゃん』など、アニメや特撮の脚本家として幅広く活躍しました。

ミステリ作家としては1972年の『仮題・中学殺人事件』でデビューし、1982年に『アリスの国の殺人』で第35回日本推理作家協会賞を、2009年には名前のアナグラムである牧薩次の名義で出した『完全恋愛』で第9回本格ミステリ大賞を受けています。叙述の仕掛けを凝らした実験作から、トラベルミステリやユーモアミステリまで作風は幅広く、2019年には第23回日本ミステリー文学大賞に選ばれました。

2020年、88歳で刊行した『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』は、年末の主要ミステリランキング3誌でそろって国内1位になっています。

書誌情報

出版社
東京創元社 / 創元推理文庫
刊行年
1972
ISBN-13
9784488405199
系譜
戦後昭和国内 / シリーズ探偵物

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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