学内の謎を解く。
午前零時のサンドリヨン
手品の技術がそのまま推理の道具になる、鮎川哲也賞受賞の学園連作。
酉乃初は、教室ではどこか不思議な雰囲気を纏い、周囲と打ち解けようとしない女の子です。ところが放課後になると、彼女はレストラン・バー『サンドリヨン』に立ち、凄腕のマジシャンとして腕を磨いています。
相沢沙呼『午前零時のサンドリヨン』は、この少女に一目惚れした同級生の目を通して、学内に持ち上がる謎と、なかなか縮まらない二人の距離とを並べて描く連作短編集です。第19回鮎川哲也賞を受けた、著者のデビュー作にあたります。
物語の入り口
語り手は、周りから「ポチ」と呼ばれている須川くんです。高校のクラスメイトである酉乃初に、一目惚れをしてしまいました。
彼女はいつも不思議な雰囲気を纏っていて、教室ではどこか近寄りがたい存在です。その少女が、放課後にはレストラン・バー『サンドリヨン』でマジックの腕を磨いている。
学校で見せる顔と、店で見せる顔——そのあいだにある距離が、まず語り手を惹きつけます。同じ教室にいながら、彼の知らない場所で、彼の知らない技を磨いている少女。
一目惚れの相手は、思っていたよりずっと遠いところに立っていたわけです。
学内では、ときおり説明のつかない出来事が持ち上がります。探偵役の少女は、そうした学内の謎を、抜群のマジックテクニックを駆使して解いていく。
手品を見せる技が、そのまま謎を解く手立てとして働くというのが、この作品集の基本の構えです。探偵役が警察官でも私立探偵でもなく、放課後のバーで腕を磨く手品師であること。
そこに、この学園ミステリならではの彩りがあります。
ただし、この探偵役は、人間関係には臆病で、心を閉ざしがちです。謎を前にすれば鮮やかに腕を振るうのに、人との距離の取り方はひどく不器用。
語り手は、そんな彼女との距離をどうにかして縮めたいと願っています。謎が持ち込まれるたびに、彼は酉乃のそばにいる理由を手に入れ、同時に、容易には開かない扉の前に立たされることになります。
収録は4編です。「空回りトライアンフ」「胸中カード・スタッブ」「あてにならないプレディクタ」「あなたのためのワイルド・カード」。
連作を束ねているのは、学内に謎が生まれ、手品の腕を持つ少女がそれを解き明かし、その傍らで語り手が彼女との距離を測りかねている、という枠組みです。読者は、恋する少年の肩越しに、手品師の少女の横顔を見つめながら頁を進めていくことになります。
読みどころ
読みどころは、謎解きと恋の行方という二本の線が、同じ速さで進んでいくところにあります。
語り手が一目惚れした相手が、そのまま探偵役を務める。この配置が、物語の芯になっています。
謎が解かれるたびに彼女の腕前ははっきりと見えてくるのに、彼女自身の胸の内は簡単には見えてこない。謎を前にしたときの鮮やかさと、人前で身を引いてしまう臆病さが、同じ一人の少女の中に同居しているのです。
その落差が、語り手の目を通して何度も描き出され、次の編へと読み進める力になります。謎が一つ片づいても、少女の心の扉は一つ開いたとは限らない。
解決の手ごたえと、届きそうで届かないもどかしさが、一編ごとに交互に訪れる構成です。
もうひとつは、鮎川哲也賞を受けたデビュー作が、学園の日常に生まれる謎を4編重ねる連作の形をとっている点です。大がかりな事件ではなく、教室や校舎の片隅に生まれる小さな謎が扱われるからこそ、手品という題材と、思春期の心の揺れとがなじみます。
語り手の目を通して進む文章は軽やかで、学校生活の細部に宿るおかしみと切なさを、肩ひじ張らずにすくい取っていきます。
こんな人におすすめ
血なまぐさい事件や、重厚な論理の積み上げを期待して開くと、軽やかに映るかもしれません。けれども、学園を舞台にした青春小説と謎解きの両方が好きな人、手品のもつ華やぎに惹かれる人には、読み心地のよい青春ミステリです。
恋する少年の不器用さに、思わず頬がゆるむ場面もあるでしょう。デビュー作が、どんな手つきで書かれていたのか——のちの作品から相沢沙呼を知った人が、原点をたどる読み方もできます。
作品の背景
2009年、第19回鮎川哲也賞に選ばれたのが『午前零時のサンドリヨン』でした。同じ年の10月に東京創元社から単行本として刊行され、相沢沙呼はこの作品で作家としての歩みを始めます。
その出発点は、手品を得意とする女子高生が学校の謎に向き合う、この青春ミステリでした。
この少女を探偵役とする〈酉乃初の事件簿〉シリーズの第1作にあたり、2011年には続く『ロートケプシェン、こっちにおいで』が刊行されています。少年が少女に出会う物語でもあり、謎解きと並んで、語り手の恋心がもう一本の柱として据えられています。
デビュー作の時点で、学園・手品・恋という三つの素材を一冊の中で組み合わせてみせた、という点に、この作家の出発点の輪郭が表れています。
手に取るなら
いま手に取るなら、創元推理文庫版です。2012年10月に文庫化され、388ページ。
解説は村上貴史、装画は加藤木麻莉が手がけています。〈酉乃初の事件簿〉はこのあと『ロートケプシェン、こっちにおいで』へ続くので、刊行順に読むならここが最初の扉です。
放課後のバーで手品の腕を磨く少女と、その隣に並びたい少年の物語を、ここから読み始めてみてください。
相沢沙呼について
相沢沙呼は1983年、埼玉県の生まれです。2009年、凄腕のマジシャンでもある同級生の少女・酉乃初が学内の謎を解く『午前零時のサンドリヨン』で第19回鮎川哲也賞を受け、デビューしました。
作中のマジックは作者自身もたしなむもので、贈呈式では実演もしてみせています。
その後もマツリカシリーズなど学校を舞台にした青春ミステリを書き継ぎ、『マツリカ・マトリョシカ』は第18回本格ミステリ大賞の候補に挙がりました。2019年の『medium 霊媒探偵城塚翡翠』は「このミステリーがすごい!」2020年版と『本格ミステリ・ベスト10』2020年版でともに国内1位となり、第20回本格ミステリ大賞の小説部門も受けています。
書誌情報
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