現代国内 2004
十年前に惨劇のあった館へ、
学生たちが肝試しに来た。
『螢』麻耶雄嵩

書評

螢

十年前に作曲家が演奏家たちを殺した館へ、肝試しに来た学生たちを嵐が閉じ込める怪奇趣味の本格長編。

目次

黒いレンガの屋敷が、京都の山間に建っています。名はファイアフライ館。

十年前、作曲家の加賀螢司がここで演奏家六人を殺しました。麻耶雄嵩『螢』は、その曰くつきの館へオカルトスポット探険サークルの学生六人が肝試しに乗り込むところから始まる長編です。

サークルは半年前にも、女子メンバーの一人を、まだ捕まっていない殺人鬼ジョージに殺されています。その記憶を抱えたまま、合宿は四日間の予定で始まり、嵐で閉ざされた館で最初の殺人が間を置かずに起きます。

2004年に幻冬舎から出て、「本格ミステリ・ベスト10」2005年版の国内3位に選ばれました。

物語の入り口

道具立てだけを並べれば、これ以上ないほど正統な見取り図です。人里から切り離された館。

限られた人数の登場人物。過去の惨劇という影。

嵐で道が断たれ、外との連絡が絶たれる。館ものと呼ばれる型の要素が、律儀に揃っています。

学生たちのサークル名がオカルトスポット探険というのも、いかにもな配置でしょう。怪談めいた場所を面白半分に訪ねる若者たちが、本物の惨劇に出くわす。

その入り方も、型の一部として用意されています。嵐で閉ざされた館を舞台にした、クローズドサークルものの見取り図です。

ただし、影は一つではありません。十年前、この館で作曲家が演奏家六人を殺した。

ファイアフライ、つまり螢の名を持つ館と、螢司という作曲家の名。題名の一字は、この館の来歴に刻まれています。

それだけでも肝試しの場所としては十分ですが、サークルはさらに、半年前に女子メンバー一人を失っています。犯人は未逮捕の殺人鬼、ジョージ。

過去の惨劇が館に染みついた古い影だとすれば、ジョージの影はまだ生々しく、しかも犯人は捕まっていない。学生たちがふざけ合う声の下に、二つの違う種類の不安が流れています。

合宿の日程は四日間。嵐に閉ざされた館で、最初の殺人はほどなく起こります。

読者は六人の学生と同じ屋根の下に置かれます。嵐で外に出られず、館の来歴を知りすぎていて、それでいて、何を疑えばいいのかもまだわからない。

怪奇趣味の装飾は濃く、黒いレンガの館と十年前の凶行の記憶が、学生たちのふざけ合う声のすぐ後ろにあります。

読みどころ

本作の醍醐味は、正統な型を律儀に踏んだうえで、その型に怪奇の衣を着せきったところにあります。 館、嵐、限られた人数、過去の事件。

どれも本格ミステリが繰り返し使ってきた道具ですが、『螢』ではそこに、殺人鬼の影と、作曲家の館という音楽の気配が重なります。作曲家の名を冠した館で十年前に起きた惨劇が、そのまま学生たちの肝試しの口実になっている。

その悪趣味な出発点からして、怪奇の意匠は物語のすみずみまで行き渡っています。雰囲気に浸ることと、本格として読むことが、同じ頁の上で両立する作りです。

もうひとつは、学生たちが背負ってきた二つの出来事です。一つは館そのものに刻まれた、十年前の作曲家の凶行。

もう一つはサークル自身が受けた傷で、半年前に仲間の女子メンバーを奪った殺人鬼ジョージは、まだ捕まっていません。その両方を抱えたまま、六人は四日間の合宿に入ります。

ふざけ合う声が明るいほど、背後の暗さが際立つ。その明暗の落差が、嵐の館の空気を張りつめさせています。

怪しげな屋敷やおどろおどろしい過去という意匠が苦手なら、序盤は少し我慢が要るかもしれません。逆に、そうした意匠を好む読者には、嵐の館という舞台そのものが楽しめる作りです。

作品の背景

『螢』はシリーズ探偵から離れた単発の作品で、館と学生たちを材料に組み立てられています。刊行は2004年8月、幻冬舎から。

その年末の「このミステリーがすごい!」で国内11位、翌年の「本格ミステリ・ベスト10」2005年版で国内3位に入り、第5回本格ミステリ大賞の候補にも挙がりました。本屋大賞にも票が入っています。

手に取るなら

現在手に取るなら、幻冬舎文庫版です。単行本は四六判352ページでしたが、文庫版は440ページで、電子版もあります。

シリーズ探偵を持たない単発の作品なので、麻耶雄嵩を初めて読む人がここから入っても、前提として知っておくべき作品はありません。館ものの型が好きで、その型に怪奇の色を濃く塗った一作を探している人に向いています。

十年前の凶行、半年前の殺人、そして嵐の四日間。三つの時間が重なる館を、学生たちの目の高さで歩くことになります。

黒いレンガの館で四日間を過ごす——嵐の音を聞きながら、六人と一緒に閉じ込められるための一冊です。

麻耶雄嵩について

麻耶雄嵩は1969年、三重県上野市(現在の伊賀市)の生まれです。京都大学工学部に学び、在学中は京大推理小説研究会に所属しました。

1991年、綾辻行人・法月綸太郎・島田荘司の推薦を受けて『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』でデビューしています。

以後、メルカトル鮎、京都の名探偵木更津悠也、推理を使用人に任せる貴族探偵と、癖の強いシリーズ探偵を並行して書き継ぎ、名探偵という存在そのものを問い直す本格を発表してきました。2011年に『隻眼の少女』で第64回日本推理作家協会賞と第11回本格ミステリ大賞を受け、2015年には『さよなら神様』で2度目の本格ミステリ大賞を受けています。

『貴族探偵』は2017年にテレビドラマにもなりました。

書誌情報

出版社
幻冬舎
刊行年
2004
ISBN-13
9784344410350
系譜
現代国内 / クローズドサークル
受賞歴
·

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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