現代国内 2018
図書委員への依頼は、
死んだ祖父の金庫破り。
『本と鍵の季節』米澤穂信

書評

本と鍵の季節

放課後の図書室へ届く相談を、考え方の違う男子高校生二人が解きほぐす。

目次

放課後の図書室には、利用者がほとんど来ません。貸出カウンターの内側にいるのは、図書委員の堀川次郎と松倉詩門。

静かな当番の時間へ誰かが相談を持ち込むと、二人の会話はたちまち推理へ変わります。『本と鍵の季節』は、この男子高校生ふたりが放課後の図書室に持ち込まれる謎に挑む、全六編の作品集。

軽口の応酬のあとに少し苦い後味が残る、米澤穂信の図書室ミステリの開幕です。

物語の入り口

語り手の堀川次郎は、高校二年の図書委員です。利用者のほとんどいない放課後の図書室で、同じく図書委員の松倉詩門と当番を務めています。

松倉は背が高く顔もよく、目立つ存在。快活でよく笑う一方、ほどよく皮肉屋な、いいやつです。

二人とも本には詳しいものの、知識を見せびらかすために語るわけではありません。閑散とした図書室で、カウンターの内側の会話だけが続いていく。

その静けさが、この作品集の基調です。本を借りに来る人がいないからこそ、当番の時間は会話の時間になる。

図書室という場所の、少し寂しくて贅沢な使い方です。

そんなある日、図書委員を引退した先輩女子が訪ねてきます。亡くなった祖父が遺した、開かずの金庫。

その鍵の番号を探り当ててほしい、というのです。手がかりは限られ、祖父はもういない。

数字を当てるという、一見すると当てずっぽうにしかなりそうもない依頼から、二人の推理が始まります。金庫を遺した人はもう語れない。

だから残された断片から、その人がどういう数字を選びそうだったかを考えるしかありません。同じ情報を見ても着目点が異なり、一方の推測をもう一方が疑う。

その往復のなかで、答えへの道筋が細く絞られていきます。

読者は、カウンターの内側で二人の会話を聞いている位置に立たされます。相談者は目の前にいて、手がかりは会話の中にしかない。

本や鍵を入口にした六つの謎に、考え方の異なる二人が食い違い、補い合いながら挑んでいく。放課後の図書室という、誰もが一度は過ごしたことのある静かな場所で、これほど密度の高い会話が交わされる。

その意外さが、まず楽しい。全六編、相談の種類はさまざまでも、舞台はいつもこの図書室です。

読みどころ

堀川と松倉は、どちらか一人だけでは答えにたどり着けない二人組として書かれています。 片方が勢いよく仮説を出し、もう片方が現実に照らして穴を見つける。

意見の食い違いは喧嘩になるより、相手の推理を前へ進めます。気安い冗談を交わせる距離と、論理には遠慮しない厳しさが両立しているため、対話そのものに読み応えがあります。

ただし、謎が解ければ相談者の問題もきれいになくなるとは限りません。人が嘘をつくのには事情があり、本当のことを言えば必ず救われるわけでもない。

二人は答えへたどり着いても、相手を裁く立場には立ちません。その節度が物語を穏やかに見せる一方で、知ってしまった側に残る重さを際立たせます。

爽やかで、ほんのりビター。この一言は、読み終えたときに実感として残るはずです。

こんな人におすすめ

本のある空間、会話で組み立てる推理、甘すぎない友情を一緒に味わいたい人に向いています。どの相談も同じカウンターの前で始まるので、一編読んだところで本を置いても、次に開けばすぐ放課後の図書室へ戻れます。

図書委員をやったことのある人なら、あの静かな当番の時間を思い出しながら読めるはずです。逆に、大きな事件や緊迫した展開を求める気分のときには、この図書室の静けさは少し物足りなく感じられるかもしれません。

作品の背景

本書は2018年12月14日に集英社から刊行され、「このミステリーがすごい!2020年版」国内編9位に選ばれました。集英社文庫版は2021年刊、360ページ。

〈図書委員〉シリーズの第1作で、続篇も出ています。大きな看板を掲げた探偵ではなく、学校の片隅にいる図書委員が、身近な人の困り事を考える。

〈古典部〉〈小市民〉と学園ものの謎解きを書き継いできた作者が、その二つに続いて開いた、三つめの放課後です。

手に取るなら

現行版は集英社文庫。〈図書委員〉シリーズの第1作なので、ここから入るのが順当です。

放課後の図書室に持ち込まれる相談ごとが、いちばん最初はどんなものだったか。その始まりを、この巻で確かめられます。

〈古典部〉の米澤穂信が好きな人には、同じ学園の放課後でも、探偵役が二人組になったことで会話の呼吸がどう変わるかを、聞き比べる楽しみがあります。読み終えたら、続篇で二人の当番の続きを追うこともできます。

米澤穂信について

米澤穂信は1978年、岐阜県の生まれです。金沢大学文学部の在学中からウェブサイトで小説を発表しており、大学時代に北村薫の『空飛ぶ馬』『六の宮の姫君』を読んで衝撃を受け、ミステリへ進む道を定めたといいます。

卒業後は書店で働きながら書き続け、2001年に『氷菓』で第5回角川学園小説大賞ヤングミステリー&ホラー部門奨励賞を受けてデビューしました。

高校生の身の回りの謎を扱う〈古典部〉〈小市民〉の両シリーズを書き継ぐ一方、大人の読者に向けた長編や短編集へも領域を広げてきました。2011年に『折れた竜骨』で第64回日本推理作家協会賞、2014年に『満願』で第27回山本周五郎賞を受け、2021年刊の『黒牢城』では第12回山田風太郎賞に続いて第166回直木三十五賞と第22回本格ミステリ大賞を受けています。

2025年には〈小市民〉シリーズで第10回吉川英治文庫賞を受けました。

書誌情報

出版社
集英社
刊行年
2018
ISBN-13
9784087442564
系譜
現代国内 / 連作短編
受賞歴

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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