現代国内 2008
ガリレオの苦悩
『ガリレオの苦悩』東野圭吾

書評

ガリレオの苦悩

警察と距離を置いた湯川のもとへ新人刑事・内海薫が現れ、三人が初めてそろう短編集

ガリレオの苦悩 表紙画像
東野圭吾 文藝春秋(文春文庫)2008年
目次

頼みの綱だったはずの人が、もう手を貸してくれない。シリーズを読み継いできた人にとって、本作の幕開けはちょっとした驚きかもしれません。

かつて刑事の草薙と組んで数々の不可解な事件を解いてきた帝都大学の湯川学は、いまでは警察への協力をやめ、事件から距離を置いているのです。そこへ、ひとりの新しい刑事が訪ねてきます。

物語の入り口

その刑事が、捜査一課に配属されたばかりの内海薫です。彼女が抱えているのは、マンションから転落して亡くなった女性の一件。

状況からは自殺と見られていますが、内海はどうしても納得できません。草薙の紹介で湯川の研究室を訪れたものの、返ってくるのはそっけない拒絶でした。

それでも内海は引き下がらず、自分の仮説を自分の手で確かめようと動きはじめます。

収められた5篇には、ほかにも一筋縄ではいかない事件が並びます。湯川の恩師の家で起きた不可解な出来事、ペンションに生まれた密室、ひとりの少女が手にする水晶の振り子。

そして最後には、「悪魔の手」を名乗る人物から湯川その人に宛てた挑戦状が届きます。

読みどころ

物理学者と若い女性刑事。新しい組み合わせが、シリーズの景色をがらりと変えています。

内海は、草薙とはまるで違う角度から湯川に向き合います。言われたことを持ち帰るのではなく、自分で考え、自分で試す。

その粘り強さが、距離を置いていた湯川の心を少しずつ動かしていく過程は、謎解きとは別の読みどころになっています。

もうひとつ見逃せないのは、事件が湯川自身の身辺にまで迫ってくることです。恩師の家で起きた出来事、そして本人に名指しで突きつけられる挑戦。

これまで外から事件を眺めていた探偵が、当事者に近い場所に立たされる。題名に置かれた「苦悩」という言葉は、そんな彼の立ち位置の変化を静かに映しているようにも読めます。

「落下る」「操縦る」「密室る」「指標す」「攪乱す」。それぞれ「おちる」「あやつる」「とじる」「しめす」「みだす」と読ませる題名も健在で、一編ごとに趣向の違う謎を楽しめます。

転落死の真相を探る話もあれば、密室や振り子のように不思議そのものを正面に据えた話もあり、短編集ならではの振れ幅が心地よく感じられます。

こんな人におすすめ

湯川と草薙のコンビに親しんできた人なら、内海という新しい相棒が加わった空気の変化を味わえるはずです。物理を軸にした謎解きに加えて、探偵の人間らしい揺れも見てみたい人に向いています。

ドラマで内海を知った人が、彼女の原作での第一歩をたどる一冊としてもおすすめです。

作品の背景

内海薫という人物は、福山雅治主演のドラマ化をきっかけに生まれました。制作側から、湯川の相棒として女性刑事を登場させたいという提案があり、東野圭吾は、まず自分がその人物を小説に登場させ、ドラマではその名前を使うという条件で受け入れたのです。

こうして内海は本作で原作に初めて姿を見せ、湯川・草薙と三人がそろう最初の一冊にもなりました。単行本は2008年10月、文藝春秋から刊行されています。

手に取るなら

文春文庫に入ったのは2011年10月です。内海が登場する以前の短編集と読み比べると、シリーズの空気がどう変わったのかがよくわかります。

東野圭吾について

東野圭吾は1958年、大阪市生野区の生まれです。大阪府立大学工学部電気工学科を卒業し、日本電装(現デンソー)の技術者として働きながら推理小説を書き、1985年に『放課後』で第31回江戸川乱歩賞を受けてデビューしました。

翌年に会社を辞めて上京し、専業作家になっています。

長く大きな話題作に恵まれない時期が続きましたが、1998年の『秘密』が広く読まれ、翌年の第52回日本推理作家協会賞(長編部門)を受賞しました。2006年には『容疑者Xの献身』で第134回直木賞と第6回本格ミステリ大賞を受けました。

刑事・加賀恭一郎と物理学者・湯川学のシリーズを軸に、学園もの、本格の謎解き、サスペンス、ミステリの約束事を笑うパロディまで幅広く書き、2023年には著作の国内累計発行部数が1億部を超えています。同じ年に菊池寛賞、2024年に日本ミステリー文学大賞を受け、2026年7月に68歳で亡くなりました。

書誌情報

出版社
文藝春秋 / 文春文庫
刊行年
2008
ISBN-13
9784167110130
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物 · 連作短編

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リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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