現代国内 1996
ブラジル蝶の謎
『ブラジル蝶の謎』有栖川有栖

書評

ブラジル蝶の謎

天井を埋める蝶、読めない日記、正体不明の鍵。謎の手触りが一編ごとに変わる国名シリーズ第3弾。

ブラジル蝶の謎 表紙画像
有栖川有栖 講談社(講談社文庫)1996年
目次

見上げた天井一面に、色とりどりの蝶が貼りつけられている。殺人現場のそんな光景から始まる表題作を先頭に、火村英生と有栖川有栖のコンビが6つの事件に挑む短編集です。

エラリー・クイーンにならった〈国名シリーズ〉の3冊目にあたります。

物語の入り口

表題作の被害者は、急死した兄の財産を整理するために屋敷へ戻ってきた弟でした。殺されていた部屋の天井には、異国の美しい蝶の標本がびっしりと並んでいます。

もともと別の場所にあった標本を、誰が、何のために天井へ移したのか。現場に呼ばれた二人は、まずその光景に言葉を失います。

続く5編も、入り口の形がそれぞれに違います。「妄想日記」では、言葉を話すことも字を書くこともできなくなっていた男が、屋敷の庭で炎に包まれて死にます。

彼の部屋には、誰にも読めない文字で綴られた日記が残されていました。「彼女か彼か」で殺されるのは、女装を趣味にしていた男。

容疑者は三人に絞られます。「鍵」は秘書殺しの物語ですが、焦点が当たるのは小指ほどの小さな鍵のほう。

それがいったい何を開ける鍵なのかが、最後まで読者を引っ張ります。

「人喰いの滝」は、映画の撮影隊がロケに訪れた土地で起きる転落事故の話。人を呑み込むと言い伝えられる滝のそばで、撮影隊が季節を変えて再び村を訪れたとき、新たな死者が出ます。

そして締めくくりの「蝶々がはばたく」では、列車の中で知り合った初老の男性が、遠い昔に密室から霧のように消えた若いカップルの話を語り始めます。

読みどころ

6編を並べると、謎の手触りがひとつとして重ならないことに気づきます。天井の蝶のように一枚の絵として目に焼きつく謎もあれば、読めない日記のように言葉そのものが壁になる謎もある。

「鍵」では殺人の犯人よりも、鍵の正体という一点に興味が集中します。一冊の中で、本格短編の書き方がこれほど変化することにまず驚かされます。

語り口の幅も広く、「彼女か彼か」はバーで働く蘭ちゃんの軽妙なおしゃべりで幕を開け、同じ語りで幕を閉じます。重い事件を扱う作品と、肩の力を抜いて笑える作品が交互に顔を出すので、続けて読んでも疲れません。

最後の「蝶々がはばたく」は、事件の現場に立つことなく昔語りだけを手がかりに謎へ向き合う一編で、それまでの5編とはまた違う静かな余韻を残して一冊を閉じます。

こんな人におすすめ

一話ごとに違う種類の謎を味わいたい人、通勤や寝る前の短い時間に一編ずつ読み進めたい人に向いています。現場の奇妙な光景から推理が立ち上がっていく短編が好きな人なら、表題作の天井の場面だけで引き込まれるはずです。

作品の背景

収録作は1992年から1996年にかけて、『小説現代』の増刊メフィストや『小説NON』、アンソロジーなどに発表されたもの。題名に国の名前を含むのは表題作だけで、ほかの5編はそれぞれ独立した題を持っています。

1996年5月に講談社ノベルスで一冊にまとまりました。国名を掲げたシリーズとしては、1994年の短編集『ロシア紅茶の謎』、1995年の長編『スウェーデン館の謎』に続く3冊目で、短編集としては2冊目になります。

手に取るなら

1999年5月から講談社文庫に入っていて、334ページ。電子版もあります。

一編ずつ区切りよく読めるので、気になった題名から開いてもかまいません。

有栖川有栖について

有栖川有栖は1959年、大阪市の生まれです。小学生のころから推理作家を志し、同志社大学法学部では推理小説研究会に所属しました。

卒業後は書店に勤めながら書き続け、1989年に『月光ゲーム Yの悲劇'88』でデビューします。1994年に書店を辞め、専業作家になりました。

作品は大きく二つの系列に分かれます。江神二郎が探偵役を務める学生アリスのシリーズと、臨床犯罪学者の火村英生と推理作家の有栖川有栖が組む作家アリスのシリーズです。

2003年に『マレー鉄道の謎』で第56回日本推理作家協会賞、2008年に『女王国の城』で第8回本格ミステリ大賞、2018年に火村英生シリーズで第3回吉川英治文庫賞、2022年に第26回日本ミステリー文学大賞を受けました。2000年から2005年までは本格ミステリ作家クラブの初代会長も務めています。

書誌情報

出版社
講談社 / 講談社文庫
刊行年
1996
ISBN-13
9784062645713
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物 · 連作短編

有栖川有栖をもっと読む

全作品一覧へ →

似た読み味を、他の作家で

気分タグ・系譜の重なりから自動抽出。★は管理人が実読して太鼓判を押した本

この本が登場する特集

この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

プロフィールを見る →