怪しい店
骨董品店から海辺の床屋まで、「お店」を舞台にした5つの謎を火村とアリスが解き明かす
骨董品店、古書店、海辺の床屋、それに人の話をただ聞くだけという一風変わった店。『怪しい店』に並ぶのは、どれも「お店」を舞台にした事件です。
扉を開ければ見知らぬ客でも迎え入れてくれる場所だからこそ、ときには思いがけないものまで紛れ込む。暮らしのすぐそばにある店先が、少しだけ不穏に見えてくる作品集です。
物語の入り口
推理作家の有栖川有栖は、盟友である犯罪学者・火村英生のことを、敬意をこめて「臨床犯罪学者」と呼びます。現実の事件に分け入って真相をつかみ取る火村と、その姿をすぐそばで見つめてきたアリス。
本書でも二人は、さまざまな店で起きた出来事に向き合っていきます。
巻頭の「古物の魔」では、骨董品店〈骨董 あわしま〉の店主・左衛門が殺されます。生前の左衛門を惑わせていたという「変な物」とは、いったい何だったのか。
「燈火堂の奇禍」は、古書店に降りかかったちょっとした災難をめぐる一編です。「潮騒理髪店」で火村が立ち寄るのは、美しい海を望む古い床屋。
そこで彼は、走る列車に向かってハンカチを振る美しい女性の姿を目にします。そして表題作「怪しい店」では、人の話をただ聞くことを商いにする店「みみや」を営む女性が殺されます。
もう一編、「ショーウィンドウを砕く」を加えた全5編です。
読みどころ
この作品集の面白さは、事件の大きさがまちまちなところにあります。殺人を扱う重い話もあれば、ちょっとした出来事の意味を解きほぐす小さな話もある。
同じ「店」という題材を共有しながら、手触りが一編ごとに変わっていくので、5つの店を順に覗いて回るような楽しさがあります。
なかでも印象に残りやすいのが「潮騒理髪店」の導入です。海の見える床屋、列車に向かって振られるハンカチ。
絵になる場面がひとつあるだけで、その裏にある事情を知りたくなってしまう。謎の入り口の美しさで読ませるタイプの話で、本格ミステリの幅の広さを感じさせてくれます。
巻頭の「古物の魔」では、「変な物」という言葉の据わりの悪さが効いています。骨董を商う店の主人を惑わせた品とは、いったい何なのか。
その正体が見えないまま話が進むので、この一点を追いかけるだけでも、ページをめくる手が止まりません。
表題作の「みみや」も、設定そのものが魅力的です。ただ話を聞いてもらうためだけにお金を払う店。
そんな商売が成り立つのか、どんな人が通うのかと考え始めると、もう物語に引き込まれています。誰かの打ち明け話が集まる場所で、その聞き手が命を落とす。
この取り合わせだけで、続きが気になって仕方がなくなるはずです。
こんな人におすすめ
血なまぐさい事件ばかりでなく、日常の延長にある不思議も味わいたい人に向いています。短めの話を一編ずつ、行きつけの店に立ち寄るような気分で読み進めたい人にもぴったりです。
作品の背景
単行本は2014年10月に角川書店から刊行されました。収録作のうち「ショーウィンドウを砕く」は、2016年に日本テレビで放送された連続ドラマ『臨床犯罪学者 火村英生の推理』で、第5話の原作になっています。
手に取るなら
2016年12月に角川文庫に入っています。一編ごとに独立しているので、気になる店から入ってかまいません。
とはいえ、骨董品店で始まり「みみや」で終わる並び順には、ちょっとした散歩道のような趣もあるので、最初から順に歩いてみるのもおすすめです。
有栖川有栖について
有栖川有栖は1959年、大阪市の生まれです。小学生のころから推理作家を志し、同志社大学法学部では推理小説研究会に所属しました。
卒業後は書店に勤めながら書き続け、1989年に『月光ゲーム Yの悲劇'88』でデビューします。1994年に書店を辞め、専業作家になりました。
作品は大きく二つの系列に分かれます。江神二郎が探偵役を務める学生アリスのシリーズと、臨床犯罪学者の火村英生と推理作家の有栖川有栖が組む作家アリスのシリーズです。
2003年に『マレー鉄道の謎』で第56回日本推理作家協会賞、2008年に『女王国の城』で第8回本格ミステリ大賞、2018年に火村英生シリーズで第3回吉川英治文庫賞、2022年に第26回日本ミステリー文学大賞を受けました。2000年から2005年までは本格ミステリ作家クラブの初代会長も務めています。
書誌情報
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