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REVIEW · 書評
N° 222 · 2026-07-19
連続自殺事件 表紙画像
黄金期米国古典

連続自殺事件

ジョン・ディクスン・カー / 東京創元社(創元推理文庫)
" スコットランドの古城を舞台に、ユーモアと謎解きが同居するフェル博士もの円熟期の一作。
#黄金期の薫り#不可能犯罪・密室#軽妙・ユーモア#館・クローズドサークル
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📝 書評 世評・資料をもとに、当サイトの選書基準で構成した書評です ✓ 結末・犯人・トリックの種類には触れていません
review notes

ミステリーとしての読みどころ

スコットランド高地に建つ古城の塔。その最上階の窓から、ひとりの老人が転落して命を落とします。

部屋は内側から鍵とかんぬきで固く閉ざされ、外から窓を伝って忍び込むことも叶わない。誰ひとり出入りできないはずの高みで、なぜ人が落ちて死ぬことになったのか。

〈不可能犯罪の巨匠〉ジョン・ディクスン・カーが、この不気味な謎に名探偵ギデオン・フェル博士を差し向けた一作が、『連続自殺事件』です。

著者について

作者のカーは1906年、アメリカのペンシルヴェニア州に生まれました。1930年、予審判事アンリ・バンコランを主役に据えた『夜歩く』でデビュー。

以降、ギデオン・フェル博士を探偵役とする『帽子収集狂事件』、ノンシリーズの『皇帝のかぎ煙草入れ』、さらにカーター・ディクスンの別名義で発表したヘンリ・メリヴェール卿ものの『ユダの窓』と、オールタイム・ベスト級の傑作を次々に世へ送り出していきます。とりわけ、誰にも成しえないはずの不可能状況を組み立てる手際は比類なく、いつしか〈不可能犯罪の巨匠〉の異名で呼ばれるようになりました。

本作『連続自殺事件』は原書1941年、その筆が最も脂の乗っていた円熟期に書かれたフェル博士ものにあたります。

物語の幕が上がるのは、空襲の影が迫る1940年の英国です。第二次大戦下の張りつめた空気のなか、若き歴史学者のキャンベルのもとに、遠縁にあたる老人が亡くなったという報せが届きます。

向かう先は、はるかスコットランド高地にそびえる古城シラ城。老人が遺した財産の相続を巡って、人里離れたこの城には血縁の者たちが少しずつ集まりつつありました。

キャンベルもまた、その縁者のひとりとして、はるばる北の辺境へと旅路をたどることになります。戦時下の重い時代の気配と、荒涼とした高地にたたずむ古城とが、物語の最初から独特の翳りを漂わせます。

亡くなった老人は、城の塔のいちばん上、最上階の部屋の窓から転落して死んでいました。ただ、その状況がどうにも解せないのです。

老人がいた部屋は内側から鍵とかんぬきで固く閉ざされ、外から窓を伝って忍び込むことも、まず不可能でした。誰ひとり出入りできないはずの高い塔の一室で、なぜ人が窓から落ちて命を落とすことになったのか。

しかも老人には、自ら死を選ぶとは考えにくい事情まであったといいます。固く閉ざされた塔の高みと、割り切れない転落死。

謎はいよいよ深まるばかりです。

自ら命を絶つ理由がないのに、固く閉ざされた塔の上で、老人はたしかに死んでいる。それでは、彼の身にいったいなにが起きたのか——。

この一筋縄ではいかない謎を解きほぐすために、名探偵ギデオン・フェル博士が、遠く北の古城へと腰を上げます。名探偵が乗り出したことで、辺境の城をめぐる不可解な謎は、ようやく理知の光のもとに置かれることになります。

読みどころ

読みどころは、怪奇趣味の名手カーが、その持ち味をあえて明るい方へ振り切ってみせたところにあります。 本来のカーは、重厚で薄気味の悪い怪奇趣味で知られる作家です。

ところが本作は、そうしたおどろおどろしさよりも、登場人物たちの軽妙な掛け合いやユーモアを前面に押し出しています。男女のやり取りには洒脱な笑いがまぶされ、辺境の古城という舞台立ての不穏さと、明るく弾む語り口とが、なんとも心地よい落差を生んでいる。

〈不可能犯罪の巨匠〉が仕掛けた不可能状況の謎を、肩の力を抜いて楽しめる一冊です。

その謎解きを引き受けるのが、シリーズの顔であるフェル博士。手がかりを前にどっしりと構え、もつれた糸を一本また一本と解いていくその推理に、読者はただ身を委ねていればよいのです。

名探偵に導かれる古典的な安心感と、カーならではの不可能状況が放つスリルとが、一冊のなかで無理なく同居しています。謎の手強さと読み心地の軽やかさ、その両方を欲張りたい読者にこそ、本作は応えてくれます。

黄金期ミステリの薫りを吸い込みながら、名探偵の推理にゆったり身を任せる読書を求める人には、まっすぐ薦められる一冊です。手強い不可能状況の謎を、深刻になりすぎない明るい筆致で味わいたい向きにも、よく合うでしょう。

逆に、カーの真骨頂であるじっとりとした怪奇色や、背筋の凍るような恐怖を期待して開くと、本作の軽やかさは少し肩透かしに映るかもしれません。ただ、その明るさこそが、シリーズのなかで本作をとりわけ親しみやすい一作にしている核であり、カーという作家の引き出しの広さを知る入り口としては、むしろ好適といえます。

手に取るなら

いま手に取るなら、創元推理文庫の新訳版です。訳は三角和代。

西南学院大学で学んだ英米文学翻訳家で、同じカーの『帽子収集狂事件』や、タートン『イヴリン嬢は七回殺される』などの訳書で知られています。この版は、初刊時の『連続殺人事件』という題を新たに訳し直し、『連続自殺事件』と改題したもの。

巻末には村上貴史による解説が添えられています。円熟期のカーが古城に仕掛けた不可能状況を、こなれた新訳で堪能できる、格好の一冊です。

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書誌情報

出版社
東京創元社 / 創元推理文庫
原書刊行年
1941
邦訳刊行年
2022
ISBN-13
9784488118495
系譜
黄金期米国古典 / 名探偵もの · シリーズ探偵物