現代英国 2023
信者たちの遺体のそばで、
赤ん坊が生きていた。
『アルパートンの天使たち』ジャニス・ハレット

書評

アルパートンの天使たち

18年前のカルト事件を取材記録だけで追う、読者が探偵になる書簡体ミステリ。

アルパートンの天使たち 表紙画像
ジャニス・ハレット 集英社(集英社文庫) 原書 2023年 · 邦訳 2024年
目次

一冊がまるごと、メールやチャット、取材テープの文字起こしといった「記録」だけでできています。物語の流れを整えてくれる地の文はなく、こちらの手を引いてくれる語り手もいません。

『アルパートンの天使たち』が読者に差し出すのは、雑多に集められた資料の束です。証言と証言、日付と日付を突き合わせ、その隙間から事件の輪郭を立ち上げていく——読む側が探偵の椅子に座らされる、そういう犯罪ミステリです。

物語の入り口

物語の発端は、2003年までさかのぼります。ロンドン北西部の廃倉庫で、凄惨な遺体が見つかりました。

亡くなっていたのは、自分たちは人間の姿をした天使なのだと信じ込んでいたカルト教団——《アルパートンの天使》の信者たちです。教団を率いていたのは、自らを大天使ガブリエルと名乗る指導者。

彼はほどなく逮捕されます。そして事件の現場では、17歳の若い男女と、生まれて間もない乳児が保護されました。

ただし、その三人がその後どうなったのかは、誰にも分からないまま時だけが過ぎていきます。

それから、18年。この古びた事件に目を留めたのが、犯罪ノンフィクションを手がける作家アマンダ・ベイリーです。

彼女は、かつてあの現場から救い出された生存者たちの行方を追って、取材を始めます。当時の関係者に接触し、残された資料をたぐり、記録を集めていく。

読者が受け取るのは、まさにそのアマンダの取材の産物——やりとりされたメール、交わされたチャット、録音された声の文字起こしそのものです。整理された結論ではなく、生煮えのままの材料が、ページの上に積み上げられていく。

事件を組み立て直す作業に、読者は最初から立ち会わされることになります。

ここで効いてくるのが、資料の束という形式そのものです。地の文を持たない記録の集積は、それ自体がひとつの謎めいた仕掛けになっています。

誰が、いつ、誰に向けて書いた言葉なのか。何が語られ、何が語られずにいるのか。

差し出される文書をひとつひとつ吟味しながら、読者は作家とともに、証言や資料を突き合わせて先へ進んでいくことになります。手がかりはすべて目の前の記録のなかにある。

だからこそ、読み流した一通のメールが、あとになって効いてくるかもしれない。そんな緊張を保ったままページを繰る楽しさが、この本にはあります。

メールにチャット、取材テープの文字起こし。差し出される資料は種類も口調もばらばらで、書き手ごとに温度がまるで違います。

事務的なやりとりの合間に、当時を知る誰かの生々しい声がふいに挟まる。その落差を渡り歩くうちに、断片同士がいつのまにか噛み合いはじめ、気づけばページをめくる手が止まらなくなっている。

情報が一枚の書面としてこちらに手渡されるからこそ、読む速度も、どこに立ち止まって考えるかも、読者自身の裁量にゆだねられます。物語に運ばれるのではなく、自分の足取りで事件へ分け入っていく。

その主導権の感覚が、この形式ならではの醍醐味です。

読みどころ

この作品の求心力は、「巧妙に隠蔽されてきた不都合な真相」が、取材記録の底からあぶり出されてくる、その過程そのものにあります。 何かが伏せられているらしい——その気配だけは早くから漂うのに、それが何なのかは、なかなか姿を見せてくれません。

整った名探偵役が最後に全部を解いてみせるのではなく、断片を集めて自分の頭で像を結んでいく。この能動的な読書の手ざわりこそ、本作がもっとも大切にしている喜びです。

地の文がないぶん、記録のあいだに空いた沈黙まで、読者の想像で埋めることになります。

自分の足で情報を検証し、散らばった断片から一枚の絵を組み立てていく作業そのものを面白がれる読者には、これ以上ない一冊でしょう。逆に、風景や人物の心情がしっとりと描き込まれた小説を求めると、記録だけで進む文体の乾いた手ざわりに、はじめは戸惑うかもしれません。

最後まで受け身で運んでもらえる読み心地ではなく、こちらが手を動かして初めて像が結ばれるタイプの物語です。カルト教団の凄惨な事件を扱う題材でもあるので、その陰惨さも織り込んだうえで手に取るのがよさそうです。

資料を並べ、自分なりの仮説を立てる遊びに夢中になれる人にこそ、まっすぐ薦めたい作品です。

作品の背景

原題は The Alperton Angels。本国では2023年に、日本では翌2024年に集英社文庫から届けられました。

手に取るなら

入手は集英社文庫、山田蘭訳で。地の文を持たない大胆な様式を、単なる形式の実験にとどめず一級の読み物へ仕立てるハレットの手つきを、まずはこの一冊で味わってみてください。

気に入ったなら、同じ作者の出世作『ポピーのためにできること』へ進むのが自然な流れです。読者が探偵になる書簡体ミステリの、いまを代表する書き手の実力を存分に楽しめる代表作です。

ジャニス・ハレットについて

ジャニス・ハレットは1969年生まれのイギリスの作家です。ロイヤル・ホロウェイで脚本を、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで英語を学び、英国国際開発省でジャーナリストとして働いたほか、化粧品業界誌の仕事にも就きました。

2011年には英国のホラー・スリラー映画『Retreat』の脚本を共同で手がけています。

2021年のデビュー長編『ポピーのためにできること』で、2022年に英国推理作家協会(CWA)のニュー・ブラッド・ダガー賞を受けました。メールやメッセージ、書類だけで物語を組み立てる書き方をその後も続けており、2023年の『アルパートンの天使たち』もこの形式で書かれています。

書誌情報

出版社
集英社 / 集英社文庫
原書刊行年
2023
邦訳刊行年
2024
ISBN-13
9784087607949
系譜
現代英国 / 書簡体・形式実験 · メタ本格

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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