町人がまとめて消えた。
死の快走船
岬の下の海、漂うヨットから無惨な死体。33歳で没した探偵作家・大阪圭吉の短編15篇を選り抜いた傑作選。
白堊館の建つ岬と、その下に広がる藍碧の海。その美しい眺めを乱すように、海上を漂うヨットから無惨な死体が見つかります。
大阪圭吉『死の快走船』は、この光景から幕を開ける短編集です。表題作を含む十五編を選り抜いた新傑作選です。
海の上の死体から大晦日の夜更けの捕物まで、振れ幅の大きな一冊です。
物語の入り口
収録作は、「死の快走船」「なこうど名探偵」「塑像」「人喰い風呂」「水族館異変」「求婚広告」「三の字旅行会」「愛情盗難」「正札騒動」「告知板の女」「香水紳士」「空中の散歩者」「氷河婆さん」「夏芝居四谷怪談」「ちくてん奇談」の十五編です。ここで触れるのは、巻頭の表題作、5番目の「水族館異変」、巻末の「ちくてん奇談」の3編です。
4番目の「人喰い風呂」は、著者が1932年に〈日の出〉の懸賞で佳作に入った作品と同じ題名です。
巻頭の「死の快走船」の舞台は、白堊館の建つ岬と、その下に広がる藍碧の海です。白い館と青い海——その眺めがまず置かれます。
その海を一艘のヨットが漂い、そこから無惨な死体が発見される。美しい景色と惨たらしい死とが、同じ視界の中に並べられます。
傑作選の表題に掲げられたのは、この本格推理の一編です。ページを開いた人は、岬の下の海を眺める位置に据えられたまま、なぜヨットから死体が出たのかという問いを抱えることになります。
5番目の「水族館異変」は、愛憎の末に待つ水中の惨劇を描いた犯罪奇譚です。表題作が本格推理の枠で組まれているのに対し、こちらは犯罪奇譚として、愛憎がたどり着く先を描きます。
海の上の死と、水の中の惨劇。水にまつわる二編が、並びの前半に置かれていることになります。
巻末の「ちくてん奇談」は、弓太郎捕物帖の一編です。大晦日の夜更けに、町の人々がまとめて姿を消してしまう。
表題作が海の上の一艘に目を向けるのに対し、こちらで消えるのは町の人々の群れです。
本格推理に始まり、犯罪奇譚を挟んで、捕物帖で閉じる。三つの編が巻頭・5番目・巻末に散らばり、そのあいだを残る12編が埋めています。
並びそのものが、本格からユーモア、捕物帖までを書き分けた作家の広さを映しています。
読みどころ
読みどころは、本格推理から捕物帖までを一冊に並べた、作風の幅そのものにあります。 大阪圭吉の柱は、現場の証拠と証言を積み上げ、論理の連鎖で真相へ至る本格探偵小説です。
怪奇や幻想へ踏み込んだ乱歩とは対照的に、本格の骨格から離れなかった作家でした。一方、著者は後年、ユーモア小説やスパイ小説、捕物帳にも筆を広げています。
弓太郎捕物帖を巻末に置くこの傑作選は、本格派としての顔と並べて、その広がりの側まで収めています。本格推理、犯罪奇譚、捕物帖という三つの型が、同じ本の中に同居しています。
もうひとつは、題名の重なりです。1936年の最初の作品集と同じ名を掲げながら、収録の構成は別物として組み直されています。
旧版とは別に、あらためて十五編を選ぶ——その選び直しの結果が、この本の目次です。同じ題を掲げた作品集が、中身を変えてもう一度編まれたことになります。
一編ごとに題材も呼び名も変わっていくので、一つの型を突き詰めた短編集を期待して開くと、散漫に映るかもしれません。けれども、岬の下の海から大晦日の町までを続けて渡り歩くうちに、10年あまりの作家生活のなかで大阪圭吉がどれほど多くの方向へ筆を伸ばしていたかが見えてきます。
作品の背景
題名の『死の快走船』は、大阪圭吉が1936年に出した初めての作品集と同じ名前です。ただし中身は同じではありません。
この創元推理文庫版は旧版・初刊本とは収録の構成が異なり、表題作を柱に据えて十五編を新たに選び直した傑作選です。
手に取るなら
現在手に取るなら、東京創元社の創元推理文庫版です。編集・解題は藤原編集室、解説は小野純一。
同じ文庫には、2001年10月に刊行された『とむらい機関車』と『銀座幽霊』があり、この傑作選はその二冊に続く3冊目の作品集です。先の二冊と合わせれば、戦地から戻らなかった探偵作家の仕事を、三冊並べて読むことができます。
まずは岬の下の海を漂うヨットから、ページを開いてみてください。
大阪圭吉について
大阪圭吉は本名を鈴木福太郎といい、1912年に愛知県の新城で生まれました。日本大学商業学校で学んだのち、郷里の役場に勤めながら探偵小説を書きます。
筆名は、敬愛する江戸川乱歩の「江戸」に対して「大阪」を選んだものです。1932年、大衆雑誌〈日の出〉創刊号の懸賞小説で「人喰い風呂」が佳作に入り、同じ年に甲賀三郎の推薦を得て「デパートの絞刑吏」を〈新青年〉に発表しました。
以後は〈新青年〉〈ぷろふいる〉を主な舞台に、論理的で端正な本格短編を書き続け、1936年に初の作品集『死の快走船』を出しています。戦時体制が強まるとユーモア小説や捕物帳、スパイ小説へ筆を移し、1943年に応召しました。
1945年7月2日、フィリピンのルソン島で33歳で亡くなっています。作家として過ごした時間は10年あまりでした。
書誌情報
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