事件は仕事場で起きる。
とむらい機関車
戦前の探偵小説誌で本格探偵小説を書き続け、33歳で戦地に没した作家の9篇。
1934年、探偵小説誌〈ぷろふいる〉の9月号に、「とむらい機関車」という短編が載りました。大阪圭吉『とむらい機関車』は、この一編を巻頭に置いた作品集です。
大阪圭吉は〈新青年〉〈ぷろふいる〉を中心に本格探偵小説を発表し、1945年に戦地で亡くなりました。その書き手の小説から九つを選んで一冊に収めています。
物語の入り口
目次の並びは、「とむらい機関車」「デパートの絞刑吏」「カンカン虫殺人事件」「白鮫号の殺人事件」「気狂い機関車」「石塀幽霊」「あやつり裁判」「雪解」「坑鬼」の順です。
巻頭には表題作が置かれています。続く2番目の「デパートの絞刑吏」は、1932年に甲賀三郎の推薦で〈新青年〉に発表された、著者のデビュー作です。
書き手の出発点が、作品集の2番目に置かれています。
九編の中には、名探偵・青山喬介が登場する作品が全編収められています。どの題にこの探偵が現れるかは、目次を見ただけではわかりません。
一編ずつ開いていくうちに、その顔ぶれが見えてくる並びです。
8番目には、別の色合いの一編があります。「雪解」は、金鉱を掘り当てることに心を奪われた男を描いた一編です。
名探偵が筋道を立てる作の隣に、一人の男の執着を正面から描く作が置かれている。九編が一つの型で揃っているわけではありません。
そして巻末が「坑鬼」です。海底炭坑を舞台にした本格中篇です。
機関車の名を負う表題作で幕を開け、海の底の炭坑を舞台にした中篇で閉じる——それがこの作品集の目次です。
読みどころ
九編の舞台に選ばれたのは、機関車、百貨店、海底炭坑といった当時の産業と都市の現場です。 題名を見ても、「とむらい機関車」と「気狂い機関車」の二つが機関車を名に負い、「デパートの絞刑吏」は百貨店を題に掲げています。
巻末の「坑鬼」の舞台は、海底炭坑です。当時の人々が働き、買い物をした場所——その具体的な名が、謎解きを地面に留めています。
作風は総じて、物語を飾り立てるより、不可解な状況を論理でどう畳むかに重心を置いた端正なもので、一編ごとの見通しがよく、短い時間で一つの謎と向き合えます。
もうひとつは、本の作りです。表題作と「デパートの絞刑吏」は青空文庫で無料公開されており、この二編だけなら紙の本がなくても読めます。
ただ、この文庫版には、それ以外の七編に加えて、「連続短篇回顧」などのエッセイ、初出時の挿絵、巽昌章の解説が収められています。雑誌に載ったときの絵と、書き手自身の回顧が並ぶことで、九編は戦前の探偵小説誌の誌面とつながった形で読めます。
九編すべてに名探偵の謎解きを期待して開くと、並びの幅に戸惑うかもしれません。推理の筋道を追う作と、一人の男の執着を追う作が同じ一冊に並んでいるので、この作家の筆の幅を一度に見渡せます。
こんな人におすすめ
シャーロック・ホームズの短編を読み、名探偵が筋道を立てていく一編完結の作に親しんできた人には、青山喬介の活躍譚がまとめて読めることが大きな魅力になるはずです。戦前の日本の探偵小説誌に載った作品を、当時の挿絵とともに読んでみたい人にも向いています。
一方で、九編がすべて名探偵ものというわけではなく、「雪解」のように、金鉱に心を奪われた男を描く一編も含まれています。
作品の背景
『とむらい機関車』は2001年10月、創元推理文庫から刊行されました。同じ月に同文庫から出た『銀座幽霊』と対になる作品集で、解説は巽昌章が書いています。
小説九編のほか、「連続短篇回顧」などのエッセイと、初出時の挿絵も収められました。小説だけでなく、著者自身の文章と、雑誌に載ったときの絵までを一緒に綴じた本です。
手に取るなら
現在手に取るなら、2001年10月刊の創元推理文庫版です。342ページで、電子版もあります。
九編のうち表題作と「デパートの絞刑吏」は青空文庫でも読めます。解説は巽昌章。
同じ月に出た『銀座幽霊』は対になる作品集で、同じ文庫からは十五編を収めた『死の快走船』も出ています。初出時の挿絵と著者のエッセイを添えて、戦地に没した作家の仕事が、ここに九編ぶん並んでいます。
大阪圭吉について
大阪圭吉は本名を鈴木福太郎といい、1912年に愛知県の新城で生まれました。日本大学商業学校で学んだのち、郷里の役場に勤めながら探偵小説を書きます。
筆名は、敬愛する江戸川乱歩の「江戸」に対して「大阪」を選んだものです。1932年、大衆雑誌〈日の出〉創刊号の懸賞小説で「人喰い風呂」が佳作に入り、同じ年に甲賀三郎の推薦を得て「デパートの絞刑吏」を〈新青年〉に発表しました。
以後は〈新青年〉〈ぷろふいる〉を主な舞台に、論理的で端正な本格短編を書き続け、1936年に初の作品集『死の快走船』を出しています。戦時体制が強まるとユーモア小説や捕物帳、スパイ小説へ筆を移し、1943年に応召しました。
1945年7月2日、フィリピンのルソン島で33歳で亡くなっています。作家として過ごした時間は10年あまりでした。
書誌情報
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