戦前本格の切れ味十一篇。
銀座幽霊
雑誌の連続執筆の時期を軸に、戦前本格の切れ味が並ぶ短篇11篇。
探偵小説誌〈新青年〉が、ひとりの若い書き手に六箇月続けて短篇を書かせる。戦前の大阪圭吉は、その半年続きの注文を引き受けた書き手でした。
『銀座幽霊』は、その連続執筆の時期に書かれた「三狂人」「寒の夜晴れ」「動かぬ鯨群」を含め、全十一篇を収めた作品集です。精神病院の事件もあれば、捕鯨船の一夜もあり、雪の聖夜の物語もある——題材の振れ幅の大きさが、まず目を引きます。
物語の入り口
目次の並びは次のとおりです。「三狂人」「銀座幽霊」「寒の夜晴れ」「燈台鬼」「動かぬ鯨群」「花束の虫」「闖入者」「白妖」「大百貨注文者」「人間燈台」「幽霊妻」。
十一の題が、この順に続きます。
巻頭に置かれた「三狂人」は、〈新青年〉での六箇月連続執筆の皮切りとなった一篇です。舞台は寂れた精神病院で、そこで起きた事件が描かれます。
巻を開いて最初に足を踏み入れるのは、この病院です。連続執筆の一回目として〈新青年〉の読者が最初に受け取ったのも、この病院の話でした。
続く二篇目に、表題作の「銀座幽霊」が置かれています。1936年10月号の〈新青年〉に載った作品で、「三狂人」とともに青空文庫でも読めます。
三篇目の「寒の夜晴れ」は雪の聖夜を舞台にした物語、五篇目の「動かぬ鯨群」は捕鯨船の砲手が生還した一夜の出来事を発端に、話が大きく広がっていく作品です。
そこへ「燈台鬼」「花束の虫」「闖入者」「白妖」「大百貨注文者」「人間燈台」「幽霊妻」の七篇が加わり、十一篇となります。並びを見渡すと、精神病院から捕鯨船まで、題材が大きく振れています。
連続執筆という条件のもとで、題材選びは大胆になっています。ひとつの発想に寄りかからず、一篇ごとに舞台も趣向も取り替えていく。
巻頭の病院を出たあとは、篇が変わるたびに別の場所へ連れていかれます。
読みどころ
奇怪な状況をまず投げ出し、論理で片をつける。その順番が、どの篇でも崩れません。
収められているのは、理詰めの謎解きに焦点を絞った骨太の短篇です。はじめに読む側の前へ奇妙な状況が置かれ、物語はそこから逃げずに、筋道を立てて決着へ向かいます。
人物の内面を長々と追う書き方ではありません。そのぶん運びが速く、戦前に書かれた小説でありながら、古さを感じにくい仕上がりになっています。
戦前本格の切れ味を、飾りの少ない形で確かめられる作品集です。
もうひとつは、この集の成り立ちです。〈新青年〉での六箇月連続執筆は、半年のあいだ毎号新作を送り出し続ける仕事でした。
その半年のうちに、「三狂人」「動かぬ鯨群」「寒の夜晴れ」が書き上げられています。一冊にまとまった十一篇は、毎号新作を出し続けた時期の仕事を、中心に抱えていることになります。
紙面にも、時代の姿が残されています。初出時の挿絵が添えられ、雑誌で最初に読まれたときと同じ絵とともに本文を追えます。
巻末の著作リストは、10年あまりで閉じた仕事——その著作を一覧にしたものです。短い活動期間のなかで何がどれだけ書かれたのかを、そこで見渡せます。
こんな人におすすめ
戦前の探偵小説に興味はあっても、どこから手をつければよいか迷っている方に向きます。一篇が短く、区切りよく読める作りです。
反対に、人物の心の動きをじっくり追う小説を求める方には、運びの速さが物足りなく映るかもしれません。同じ月に出た『とむらい機関車』を先に読んだ方には、対をなす作品集として次に手に取る候補になります。
作品の背景
この作品集は2001年10月に創元推理文庫から刊行されました。同じ月に同じ文庫から出た『とむらい機関車』と対をなす一冊で、表題作「銀座幽霊」の初出は『新青年』(博文館)1936年10月号です。
著作リストと、初出時の挿絵も収められています。解説は山前譲が担当しました。
手に取るなら
いま手に取るなら、2001年10月刊の創元推理文庫版です。電子版もあります。
解説は山前譲で、著作リストと初出時の挿絵が付きます。同じ月に出た『とむらい機関車』と併せて読めば、この作家の仕事の全体像がつかめます。
同じ文庫には『死の快走船』もあります。表題作と「三狂人」は青空文庫でも無料で公開されているので、先にそちらで一篇だけ試すこともできます。
巻頭の寂れた病院から、十一の扉を順に開けていってみてください。
大阪圭吉について
大阪圭吉は本名を鈴木福太郎といい、1912年に愛知県の新城で生まれました。日本大学商業学校で学んだのち、郷里の役場に勤めながら探偵小説を書きます。
筆名は、敬愛する江戸川乱歩の「江戸」に対して「大阪」を選んだものです。1932年、大衆雑誌〈日の出〉創刊号の懸賞小説で「人喰い風呂」が佳作に入り、同じ年に甲賀三郎の推薦を得て「デパートの絞刑吏」を〈新青年〉に発表しました。
以後は〈新青年〉〈ぷろふいる〉を主な舞台に、論理的で端正な本格短編を書き続け、1936年に初の作品集『死の快走船』を出しています。戦時体制が強まるとユーモア小説や捕物帳、スパイ小説へ筆を移し、1943年に応召しました。
1945年7月2日、フィリピンのルソン島で33歳で亡くなっています。作家として過ごした時間は10年あまりでした。
書誌情報
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