埋もれていた短編が語りだす。
人間じゃない 綾辻行人未収録作品集
廃屋同然の別荘で起きた惨劇を描く表題作ほか、自作と響き合う短編を集めた一冊。
「あの家のこの部屋は……密室、だったんです」。表題作は、この一言から動き出します。
持ち主が悲惨な死を遂げ、今では廃屋同然の別荘〈星月荘〉。そこを訪れた四人の若者を、凄まじい殺人事件が襲う。
『人間じゃない』は、単行本未収録のまま散らばっていた綾辻行人の短編を集めた作品集で、講談社文庫には〈完全版〉として入っています。『人形館の殺人』の後日譚「赤いマント」、『どんどん橋、落ちた』の番外編「洗礼」など、自作とさまざまにリンクする五編に、『7人の名探偵』の「仮題・ぬえの密室」を加えた全六編。
綾辻作品を歩き回ったことのある読者ほど、得をする一冊です。
物語の入り口
表題作の舞台は、〈星月荘〉という別荘です。持ち主は、悲惨な死を遂げました。
以来、建物は廃屋同然のまま放置されている。そこを、四人の若者が訪れます。
持ち主を失って荒れた別荘に、若者が四人。その配置だけで、何かが起こることは予感できるはずです。
そして実際に、凄まじい殺人事件が彼らを襲います。その真相は何か。
冒頭に掲げられたあの一言が、問いの形を先に教えてくれます。あの家のこの部屋は、密室だったんです。
閉ざされた部屋という、ミステリのいちばん古典的な問いから、話は動き出します。廃屋、四人の若者、密室。
道具立ては簡潔で、そのぶん問いの輪郭ははっきりしています。
表題作のほかに、この作品集には五編が収められています。『人形館の殺人』の後日譚「赤いマント」。
『どんどん橋、落ちた』の番外編「洗礼」。それに「崩壊の前日」「蒼白い女」、そして「仮題・ぬえの密室」。
後日譚と番外編に限らず、収められた短編の多くが、著者の既刊とどこかでつながっている。それが、この作品集の性格です。
読者は、六つの短い扉を、ひとつずつ開けていくことになります。恐怖に振り切ったもの、謎解きの形を保ったもの、既刊の余白を埋めるもの。
一編ごとに狙いが違い、短編という器の使い方に幅がある。どれも長くはないので、一編ずつ拾っていけます。
館シリーズや『どんどん橋、落ちた』を先に読んでおくと受け取れるものは増えますが、各編は独立した物語として閉じていますから、ここから綾辻作品に入ることもできます。
読みどころ
三十年ぶんの仕事のあちこちから枝分かれした短編を、六つ並べて一度に見渡せる。この作品集の値打ちはそこにあります。
館シリーズの後日譚があり、犯人当て作品集の番外編があり、表題作のような密室の物語がある。綾辻行人という作家の引き出しの多さを、短い枚数で次々と確かめられる。
既刊を読んできた人ほど、あの作品の余白がここにあった、と気づく場面が増えます。
もうひとつは、〈完全版〉という形です。単行本のあとで文庫化される際に、「仮題・ぬえの密室」が加えられ、完全版だけで読める一編になりました。
未収録作品集という成り立ちの本が、文庫化でさらに一編を拾い上げた。散らばっていたものを一か所に集める、という本作の趣旨が、文庫版でいっそう徹底されています。
単行本が出た2017年はデビュー30年の節目で、その年に拾い集められた短編が、5年後の文庫化でもう一編ぶんの厚みを加えたことになります。
こんな人におすすめ
館シリーズや『どんどん橋、落ちた』を読んできて、あの世界の余白を覗いてみたい読者に、まず向いています。一編ずつが短く、表題作を読んだあと日をおいて「赤いマント」へ、という拾い方もできます。
怪奇と幻想の香りを好む人にも、謎解きの形を好む人にも、それぞれに合う編が用意されています。逆に、ひとつの長い物語に腰を据えたい気分のときには、この短い扉の連なりは少し散漫に感じられるかもしれません。
作品の背景
綾辻行人の三十年ぶんの仕事のあちこちから枝分かれした短編が、この一冊にまとまっています。単行本『人間じゃない 綾辻行人未収録作品集』は2017年2月に講談社から出ており、この年はちょうど1987年のデビューから30年の節目にあたりました。
2022年8月に『人間じゃない〈完全版〉』と改題されて講談社文庫に入り、このとき『7人の名探偵』に収められていた「仮題・ぬえの密室」が加えられました。収録作は、表題作「人間じゃない――B〇四号室の患者――」、「赤いマント」、「洗礼」、「崩壊の前日」、「蒼白い女」、そして「仮題・ぬえの密室」の六編です。
手に取るなら
現行版は講談社文庫の〈完全版〉で、電子版もあります。綾辻行人の単著で「仮題・ぬえの密室」が読めるのはこの版だけですから、これから手に取るなら完全版を選んでください。
既刊を読んでいなくても各編は独立して閉じていますが、館シリーズと『どんどん橋、落ちた』を先に読んでおくと、受け取れるものは確実に増えます。廃屋同然の別荘の密室から、まずは扉を開けてみてください。
綾辻行人について
綾辻行人は1960年、京都市の生まれです。京都大学教育学部に進んで京大推理小説研究会に所属し、のちに妻となる小野不由美と同期でした。
研究会には我孫子武丸や法月綸太郎も在籍しています。大学院在学中の1987年に『十角館の殺人』でデビューし、この一作がのちに「新本格」と呼ばれる流れの起点になりました。
1992年には『時計館の殺人』で第45回日本推理作家協会賞(長編部門)を、のちには第22回日本ミステリー文学大賞を受けています。
奇妙な館を舞台にした館シリーズを書き継ぐ一方で、囁きシリーズや『殺人鬼』、『Another』、『深泥丘奇談』の連作など、恐怖と怪奇を主眼に据えた作品にも長く取り組んできました。漫画家の楳図かずおを「わが心の師」と公言しており、謎解きの骨組みを組み上げる仕事と、怖さを描く仕事を並行して続けてきた作家です。
書誌情報
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