戦後昭和国内 1962
切符を売りに寄った家で、
二歳半の子が攫われた。
『黒いリボン』仁木悦子

書評

黒いリボン

幼児誘拐の緊迫を、仁木兄妹の観察と推理でほどいてゆく長編。

黒いリボン 表紙画像
仁木悦子 KADOKAWA(角川文庫)1962年
目次

田園調布の家に、二歳半の神経質な男の子と、まだ赤ちゃんの妹がいます。父親は、なぜか上の子にだけ極端に冷淡です。

仁木悦子『黒いリボン』は、この家庭に音大生の仁木悦子が偶然足を踏み入れるところから始まる、仁木兄妹の最後の事件です。知人のリサイタルの切符を売り歩いていた悦子は、かつて先輩の家で何度か会った有田絵美子に呼び止められます。

今は国近という姓に変わっている彼女は、切符を買ったうえで家族にも奨めてみると言い、悦子は国近家まで同行することにしました。この日も一悶着あった直後、長男の直彦が何者かに誘拐されます。

1962年に刊行されました。

物語の入り口

音楽大学の2年生になった仁木悦子は、知人のリサイタルの切符を売り歩いています。そこで呼び止めたのが、有田絵美子でした。

かつて先輩の家で何度か会っただけの間柄です。絵美子は今は国近という姓に変わっていて、悦子が事情を話すと切符を買ってくれたうえ、家族にも奨めてみると言います。

悦子はその好意に甘え、田園調布の国近家まで同行することにしました。切符売りという、事件とは何の関係もない用事が、悦子をこの家へ連れていきます。

頼まれもしないのに同行する、その気軽さも悦子らしいところです。

国近家には、二歳半になる直彦という神経質な男の子と、マユミという女の赤ちゃんがいます。そして絵美子の夫・昌行は、なぜか直彦にだけ極端に冷淡です。

この日も一悶着あった直後、直彦が何者かに誘拐されてしまいます。悦子が国近家を訪れた、その日のうちの出来事です——切符売りの午後は、一転して誘拐事件の午後に変わります。

入り口の配置がよくできています。悦子は国近家の人間ではなく、切符を売りに来ただけの客です。

家の中の空気を、家族ではない目で見ている。神経質な二歳半の男の子も、赤ちゃんのいる家の暮らしぶりも、悦子は客として外側から眺めています。

父親が上の子にだけ冷たいという事実も、来客の目に映った光景として置かれています。その場に居合わせた悦子が、そのまま幼児誘拐という事件の目撃者になる。

偶然の訪問から始まる分だけ、事件の入り口には日常の手ざわりがあります。

読みどころ

本作の醍醐味は、幼児誘拐という緊迫した題材を、仁木兄妹の観察と推理でほどいていく運びにあります。 二歳半の子どもが連れ去られる。

時間との勝負になるはずの事件を、兄妹は慌てず、見たことと聞いたことを一つずつ確かめながら追います。シリーズの兄妹が持っていた明るい会話の弾みはここにもあり、誘拐という重い出来事の中で、その弾みが読む側の息継ぎになっています。

もうひとつは、家庭の描き方です。神経質な男の子、赤ちゃんの妹、上の子にだけ冷たい父、旧姓で呼び止めた母。

国近家の風景は、田園調布という土地の名前とともに、1960年代初めの中流家庭として具体的に書かれています。その家庭を来客の目で見る、という位置に読者は置かれます。

家族には見慣れた光景が、来客にはそう見えない。その視点の置き方が、この作品の運びを支えています。

幼い子の誘拐という題材から、息詰まる追跡劇だけを思い描いて開くと、兄妹の会話の弾みは意外に映るかもしれません。けれども、その弾みがあるからこそ、重い出来事のただなかでも、国近家を見つめる目が曇りません。

読み終えたあとに残るのは、事件の緊張だけではないはずです。1962年の田園調布——半世紀以上前のその家庭の風景が、事件の背景としてではなく、物語の地面として残ります。

作品の背景

『黒いリボン』は1962年6月、東都書房の東都ミステリーの一冊として刊行されました。仁木雄太郎・悦子の兄妹が探偵役をつとめるシリーズでは、これが最後の事件になります。

江戸川乱歩賞を受けた『猫は知っていた』から五年、仁木悦子がシリーズの探偵を最後に動かした一作です。

手に取るなら

現在手に取るなら、角川文庫版の電子版が確実です。紙の文庫は古書で探すことになります。

仁木兄妹シリーズの最後の事件ですが、事件そのものは独立していて、前の作品を読んでいなくても困りません。第1作から順に読んできた人にとっては、音大生の悦子と兄の雄太郎が並んで謎に向かう姿を、ここで読み納めることになります。

切符を売りに訪れた家で、幼い子どもが消える。その午後から、仁木兄妹の最後の推理を追ってみてください。

仁木悦子について

仁木悦子は1928年に東京府で生まれ、1986年に58歳で亡くなりました。4歳で胸椎カリエスを発病して両足が麻痺し、学校へは通わずに独学で育ちます。

戦後に童話を書き始め、旧姓の大井三重子の名でも子ども向けの作品を残しました。

姉の影響で海外の推理小説を読むようになり、書き上げた長編『猫は知っていた』は、応募先の公募企画が中止になったあと江戸川乱歩の勧めで第3回江戸川乱歩賞に回され、1957年に受賞します。同作はベストセラーとなり、明るく読みやすい作風から「日本のクリスティー」とも呼ばれました。

探偵役には、学生の仁木雄太郎・悦子の兄妹と、ハードボイルド寄りの私立探偵・三影潤の二系統があります。1961年には女性推理作家の会「霧の会」を結成し、1981年には短編「赤い猫」で第34回日本推理作家協会賞を受けました。

書誌情報

出版社
KADOKAWA / 角川文庫
刊行年
1962
ISBN-13
9784041454114
系譜
戦後昭和国内 / シリーズ探偵物

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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