現代国内 2003
十年前の殺人現場に、
新しい死体と巨大招き猫。
『完全犯罪に猫は何匹必要か?』東川篤哉

書評

完全犯罪に猫は何匹必要か?

猫探しから殺人事件へ向かう鵜飼の仕事に、笑いと不可解さが同居します。

完全犯罪に猫は何匹必要か? 表紙画像
東川篤哉 光文社(光文社文庫)2003年
目次

探偵事務所に、破格の報酬の依頼が舞い込みます。依頼主は『招き寿司』チェーンの社長・豪徳寺豊蔵、依頼の中身は愛猫の捜索。

東川篤哉『完全犯罪に猫は何匹必要か?』は、この猫探しから始まる烏賊川市シリーズの第3作です。探偵・鵜飼杜夫が依頼を受けた直後、豊蔵は自宅のビニールハウスで殺害されてしまいます。

なぜか現場には巨大招き猫が置かれていて、そこでは10年前に迷宮入りした殺人事件も起きていました。事件の鍵を握るのは猫なのか。

猫探しと不可能犯罪を一つの事件に同居させた、2003年刊行のユーモア本格推理です。

物語の入り口

烏賊川市シリーズは、『密室の鍵貸します』から始まる、架空の地方都市・烏賊川市の私立探偵・鵜飼杜夫を中心にした連作で、著者の代表的なシリーズとして10作を数えます。その鵜飼のもとに、依頼が来ます。

依頼主は『招き寿司』チェーンの社長・豪徳寺豊蔵で、破格の金額を提示して、愛猫を探してほしいと言います。猫探し。

探偵の仕事としては、殺人事件よりよほど親しみやすい依頼です。しかも報酬は破格で、鵜飼にとっては願ってもない話でした。

ところがその直後、豊蔵は自宅のビニールハウスで殺害されてしまいます。猫を捜してほしいと頼んだ当人が、猫より先にいなくなってしまったわけです。

現場には、なぜか巨大招き猫が置かれていました。しかも、その場所では10年前に迷宮入りした殺人事件も起きていた。

猫探しという可愛らしい依頼から、殺人現場の不可解な眺めへ。この転じ方が、入り口の面白さで、依頼を受けたばかりの鵜飼が、猫を探すより先に依頼人の死と向き合わされる形になります。

招き寿司の社長、愛猫、巨大招き猫、ビニールハウス。並べてみると、どれも猫や寿司や園芸といった日常の言葉で、殺人事件の道具立てとしては妙に間が抜けています。

その間の抜けた言葉たちが、10年前の迷宮入り事件という重い一行と同じ場面に置かれている。可笑しいのに不気味で、不気味なのに可笑しい。

東川篤哉の入り口は、いつもこの二つの感じが同時に来ます。

読みどころ

本作の醍醐味は、猫という親しみやすい素材を、不可能犯罪の謎の中心に据えているところにあります。 題名からして猫を前面に押し出している——そのこと自体が、この本の姿勢を示しています。

可愛いものを、本格推理の論理の中心に置く。笑わせるためではなく、考えさせるために置く。

その両立が、この作家の腕の見せどころです。

もうひとつは、現在の事件と10年前の事件が同じ場所に重なっていることです。迷宮入りした過去の事件が、現在の殺人と同じ場所で影を落としている。

その重なりが、猫探しから始まった軽い物語の足もとに、思いがけない深さを開きます。破格の金額で頼まれた、どこか間の抜けた依頼の行き着く先に、10年前から解かれないままの殺人が横たわっているのです。

ユーモアの筆で描かれた世界に、10年という時間が重しをかけている。この重しがあるから、笑いが軽薄になりません。

可笑しい道具立てと重い時間を同じ場面に置いて、どちらも損なわない。その配合の妙こそ、この巻をシリーズのなかで際立たせているものです。

本格推理と笑いを同じ頁で味わう——そう聞くと、謎解きは添え物ではないかと身構える人もいるでしょう。けれども、ここで笑いは謎の邪魔をしません。

不可能犯罪という本格の骨組みを正面に据えたうえで、その周りを笑いが取り巻いている、という順序です。逆に、陰惨な事件を重い筆で描く推理小説を求める人には、寿司チェーンの社長や巨大招き猫が並ぶこの軽さは、肌に合わないかもしれません。

作品の背景

『完全犯罪に猫は何匹必要か?』は2003年に光文社から刊行されました。烏賊川市シリーズの第3作で、デビューの翌年の作品です。

題名からして人を食っています。完全犯罪に猫が何匹必要か、と真顔で問う。

この題名の調子が、そのまま本の調子です。真顔で馬鹿げたことを問い、その問いに論理で答える。

それがこの作家の流儀です。

手に取るなら

現在手に取るなら、光文社文庫版です。電子版もあります。

烏賊川市シリーズの第3作ですが、事件は独立しており、この巻から読んでも困りません。シリーズを順に読みたい人は『密室の鍵貸します』から。

猫が好きな人、笑える推理小説を探している人、不可能犯罪の謎を頭を使って解きたい人に向いています。題名に惹かれて手に取った人を、中身が裏切らない本です。

猫探しを頼んだ社長が、ビニールハウスで殺され、現場には巨大招き猫。この眺めの意味を、鵜飼杜夫と一緒に考える一冊です。

東川篤哉について

東川篤哉は1968年、広島県尾道市の生まれです。岡山大学法学部を卒業し、鮎川哲也が編集を務めた公募アンソロジー『本格推理』への入選を重ねたのち、2002年に光文社の新人発掘企画〈KAPPA-ONE〉の第一期として『密室の鍵貸します』でデビューしました。

笑いの絶えない語り口のなかに本格の謎解きを組み込む作風で知られ、私立探偵の鵜飼杜夫が活躍する烏賊川市シリーズや、学園を舞台にした鯉ケ窪学園シリーズなど、連作を数多く書いています。2011年には『謎解きはディナーのあとで』で第8回本屋大賞を受け、広く読まれる作家になりました。

ほかに『魔法使いは完全犯罪の夢を見るか?』『探偵少女アリサの事件簿』などのシリーズがあります。

書誌情報

出版社
光文社 / 光文社文庫
刊行年
2003
ISBN-13
9784334743802
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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