女の死体に行き着いた。
林の中の家
怪電話の一言を手掛かりに、兄妹探偵が林の家を探り当てる本格長編。
電話の向こうで女が悲鳴を上げ、通話が切れる。手がかりは「林の中の……」という数語だけ。
その声を頼りに家を探し当てられるでしょうか。仁木悦子『林の中の家』は、この問いから始まる仁木兄妹シリーズの第3作です。
音大生の仁木悦子と植物学専攻の雄太郎は、探偵マニアの兄妹。欧州旅行中の水原夫妻に邸の留守を頼まれているある夜、怪電話がかかります。
女の悲鳴とともに電話は切れ、「林の中の……」という声を頼りに探し当てたその家には、血に染まった女性の遺体がありました。刊行は1959年。
怪電話のひと言から、兄妹探偵が難事件に挑みます。
物語の入り口
探偵役は兄妹です。妹の仁木悦子は音大生、兄の雄太郎は植物学専攻。
二人とも探偵マニアで、事件を専門に扱う人間ではありません。この兄妹が、欧州旅行中の水原夫妻から邸の留守を頼まれます。
留守番という、事件からいちばん遠そうな役目から物語は始まります。他人の邸で夜を過ごす、という日常の延長に、事件のほうから電話をかけてくる。
その順序が、この作品の入り口の形です。
その邸に、ある夜、怪電話がかかります。受話器の向こうで女が悲鳴を上げ、電話は切れる。
聞き取れたのは「林の中の……」という言葉だけです。兄妹はこの声を頼りに、林の中の家を探し当てます。
そして、その家には血に染まった女性の遺体があった——電話の声を追った家探しは、ここで殺人事件に変わります。
面白いのは、事件への入り口そのものが謎になっていることです。普通の推理小説なら、死体が見つかってから捜査が始まります。
ここでは、死体のある場所を探し当てることが最初の謎になっていて、兄妹と一緒に情報を拾う楽しみが早くから動き出します。林の中の家とは、いったいどこなのか。
読者は兄妹と同じ数語を手に、同じ地図を頭に描きながら読み進めることになります。
読みどころ
本作の核は、断片的な電話の言葉から家を探し当てるまでの推理が、そのまま事件の入り口になっているところにあります。 情報が少ないほど、手持ちの一つひとつが重くなる。
悲鳴、切れた電話、「林の中の」という言葉。それだけを材料に、兄妹が考え、動き、確かめていく。
その過程を追うこと自体に、頭を使う楽しみがあります。事件の全体像が見えないうちから推理が始まるので、読者の側も最初の頁から考える姿勢になります。
電話を受けた邸から林の中の家へ、そして遺体の発見へ。場所が動くたびに手持ちの情報が増え、考える材料が一段ずつ積み上がっていく組み立てです。
もうひとつは、兄妹の組み合わせです。音大生の妹と植物学専攻の兄は、性格も持ち味も違います。
妹は動き、兄は考える。その二人のやり取りが、殺人事件の緊張をほどよく和らげます。
血に染まった遺体という重い場面があっても、語り口全体が重苦しくならないのは、この兄妹の会話があるからです。仁木悦子の端正な謎解きと親しみやすい探偵像に、この一冊からでも触れられます。
この発端は、兄妹が素人の探偵であることともよく噛み合っています。捜査の権限も組織も持たない二人にとって、最初の手がかりは耳に残った言葉の切れ端だけ——その不自由さが、推理する楽しみを一段濃くしています。
聞き取れた言葉をどう読み、どこを探すか。そこから先の一歩一歩を、兄妹と同じ手持ちで追いかけられます。
作品の背景
『林の中の家』は1959年9月に講談社から刊行されました。仁木悦子が『猫は知っていた』で江戸川乱歩賞を受けてから二年後の作品です。
仁木兄妹シリーズの第3作で、シリーズは6作が知られています。1978年に講談社文庫に入り、ISBNは9784061361157。
手に取るなら
現在手に取るなら、講談社文庫の電子版がいちばん確実です。紙の文庫は古書で探すことになります。
仁木兄妹シリーズの第3作ですが、事件は一作ごとに独立しており、『猫は知っていた』を読んでいなくても入っていけます。シリーズの順に読みたい人は、第1作の『猫は知っていた』から入るのが順当です。
悲鳴と数語の電話を手がかりに、林の中の家を探し当てる推理から始めたい人は、ここからでも構いません。留守を預かった邸に、怪電話がかかってくる夜。
その電話の続きを、兄妹と一緒に探しに行く一冊です。
仁木悦子について
仁木悦子は1928年に東京府で生まれ、1986年に58歳で亡くなりました。4歳で胸椎カリエスを発病して両足が麻痺し、学校へは通わずに独学で育ちます。
戦後に童話を書き始め、旧姓の大井三重子の名でも子ども向けの作品を残しました。
姉の影響で海外の推理小説を読むようになり、書き上げた長編『猫は知っていた』は、応募先の公募企画が中止になったあと江戸川乱歩の勧めで第3回江戸川乱歩賞に回され、1957年に受賞します。同作はベストセラーとなり、明るく読みやすい作風から「日本のクリスティー」とも呼ばれました。
探偵役には、学生の仁木雄太郎・悦子の兄妹と、ハードボイルド寄りの私立探偵・三影潤の二系統があります。1961年には女性推理作家の会「霧の会」を結成し、1981年には短編「赤い猫」で第34回日本推理作家協会賞を受けました。
書誌情報
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