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REVIEW · 書評
N° 275 · 2026-07-16
クリスマスの朝に キャンピオン氏の事件簿3 表紙画像
黄金期英国古典

クリスマスの朝に キャンピオン氏の事件簿3

マージェリー・アリンガム / 東京創元社(創元推理文庫)
" キャンピオン氏が自ら語る中編を軸に、季節感ある一編を表題にした短編簿の完結巻。
#通勤30分で1話#コージー・ほっこり
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📝 書評 世評・資料をもとに、当サイトの選書基準で構成した書評です ✓ 結末・犯人・トリックの種類には触れていません
review notes

ミステリーとしての読みどころ

小学校時代の同級生が病死した——新聞の片隅の死亡欄、その小さな記事から物語は静かに動きだします。しかもその同級生は、かつて誰からも忌み嫌われた卑劣ないじめっ子。

豚野郎(ピッグ)と呼ばれた男の葬儀の場に、名探偵アルバート・キャンピオンの姿がありました。『クリスマスの朝に キャンピオン氏の事件簿3』は、長編の名手として知られるマージェリー・アリンガムが、短い尺のなかに凝らした謎解きの妙を、名探偵みずからの語りで味わえる一冊です。

著者について

アリンガムは1904年、英国に生まれました。冒険小説で作家としての一歩を踏み出したのち、1928年にミステリ第一作『The White Cottage Mystery』を発表。

翌1929年の『The Crime at Black Dudley』で、生涯の看板となる名探偵アルバート・キャンピオンを世に送り出します。以後『幽霊の死』『判事への花束』といった名作を積み重ね、アガサ・クリスティらと並んで「英国四大女流作家」のひとりに数えられた、長編で名声を築いた書き手です。

本書は、その彼女の短い語りを集めた「キャンピオン氏の事件簿」全三巻の掉尾を飾る完結巻にあたります。中編「今は亡き豚野郎(ピッグ)の事件」を中心に据え、表題作「クリスマスの朝に」、そして巻末にはアガサ・クリスティが著者へ寄せた追悼文「マージェリー・アリンガムを偲んで」を併せて収録。

1966年に世を去ったアリンガムへ、同時代を並走した書き手が手向けた言葉までを含めて、一巻の趣を成しています。

物語の入り口

舞台は、イングランド東部の寒村です。ある朝キャンピオンは、新聞の死亡欄にひとつの名前を見つけます。

小学校時代をともに過ごした、かつての同級生の訃報でした。とはいえ、そこに懐かしさはひとかけらもありません。

力にものを言わせて弱い者を痛めつけ、豚野郎(ピッグ)というあだ名で誰からも忌み嫌われた、あの卑劣ないじめっ子だったのです。悼む理由など何ひとつない相手。

それでもキャンピオンは、病死したというその男の葬儀へ、静かに足を運びます。

事態がにわかに動きだすのは、それから半年ほどのちのことです。ある事件の捜査に協力を求められたキャンピオンは、地元の警察署へと赴きます。

案内された先で対面したのは、一体の死体。それを目にした瞬間、彼は思わず息を呑む。

いったい何が、経験を積んだ名探偵をこれほどまでに驚かせたのか。驚愕から幕を開けるこの発端こそが、中編「今は亡き豚野郎の事件」の核をなす謎であり、読者を一気に物語の奥へと引きずり込んでいきます。

そしてこの一編を、読者はキャンピオンのすぐ隣にいるような近さで追っていくことになります。というのも、中編は名探偵みずからが一人称で語る形をとっているから。

探偵の推理を外側から眺めるのではなく、彼が見たもの、彼が抱いた当惑や衝撃を、同じ目の高さでそのまま受け取っていく。長編ではなかなか生まれないこの距離の近さが、短い尺だからこそ、くっきりと立ちあがってきます。

名探偵が戸惑えば、読者もまた戸惑う。事件の手ざわりを探偵と分かち合いながら読み進めていく、そんな一編です。

読みどころ

長編で名をなした作家が、短い尺でこそ見せる技がここにあります。 限られた枠のなかで、アリンガムは無駄なく舞台を立ち上げ、読み手を一気に謎の入り口へ運びます。

名探偵みずからが語り手をつとめる趣向も、その凝縮を後押しします。事件を遠くから観察する探偵譚とは異なり、キャンピオンの当惑や驚きがそのまま読者のものになる。

長編の骨太さとはまた別の、俊敏で親密な謎解きの手ざわりです。

もう一つの読みどころは、収録作の並びが生む時間の奥行きです。表題作「クリスマスの朝に」は、中編と同じ地域を十数年ののちに描く一編。

歳月をまたいで同じ土地へ立ち返るこの構成そのものに、連作短編ならではの味わいがあります。加えて巻末の追悼文が、同じ時代を歩んだ書き手から去りゆく同業者へ向けた言葉として、一冊にしみじみとした奥行きを添えています。

長編の名作群とはまた違う角度から、アリンガムという書き手の幅を確かめられる一巻です。

黄金期の薫りを短い尺で味わいたい読者、名探偵の推理に静かに寄り添う読書を好む読者には、ほどよい濃さの一冊です。一話ごとに区切りのつく短編・中編集ですから、腰を据えて長い謎解きにじっくり沈みたい向きには、あるいは物足りなく映るかもしれません。

けれどもその軽やかさは物足りなさではなく、長編の名手が短い形式で凝らした本領の一端。手すきの夜に一編ずつ開いていくのに、ちょうど似合う本です。

手に取るなら

手に取るなら、創元推理文庫(2019年)、猪俣美江子訳です。猪俣美江子はセイヤーズ『大忙しの蜜月旅行』やブランド『薔薇の輪』など、黄金期ミステリの翻訳で知られる訳者で、巻末には川出正樹による解説も収められています。

中心となる中編は本邦初訳。「キャンピオン氏の事件簿」全三巻を締めくくるこの完結巻は、英国ミステリの奥行きをもう一段味わいたい読者にふさわしい一冊です。

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書誌情報

出版社
東京創元社 / 創元推理文庫
原書刊行年
1969
邦訳刊行年
2019
ISBN-13
9784488210069
系譜
黄金期英国古典 / 連作短編 · 名探偵もの