自室で撲殺されていた。
11枚のとらんぷ
奇術ショウから消えた女性と、毀された小道具——プロ奇術師による初長編本格。
奇術ショウの仕掛けから出てくるはずの女性が、姿を消しました。彼女はやがて、マンションの自室で、撲殺死体となって発見されます。
しかも死体の周囲には、奇術小説集『11枚のとらんぷ』で使われている小道具が、毀されて散乱していた。その本の著者である鹿川は、自著を手掛かりにして、真相を追い始めます。
自分の本が、事件の一部になっている。作者にとって、これほど落ち着かない状況はありません。
『11枚のとらんぷ』は、泡坂妻夫の長編第1作です。創作奇術で石田天海賞を受けた奇術師でもある著者が、読者をそのまま奇術ショウの客席に招き入れます。
奇術師の「見せ方・隠し方」の手練れが、本格の論理と融合した一冊で、現行版は2023年の創元推理文庫新版、解説は相沢沙呼です。
物語の入り口
奇術ショウの舞台です。仕掛けから、女性が出てくるはずでした。
ところが、彼女は出てこない。姿を消してしまったのです。
舞台の上で人が消える、というのは奇術の常套ですが、この消え方は違いました。やがて彼女は、マンションの自室で、撲殺死体となって発見されます。
舞台から消えた人が、現実の部屋で死んでいる。奇術の消失が、そのまま殺人の発端に変わりました。
死体の周囲には、奇妙なものが散乱していました。奇術小説集『11枚のとらんぷ』で使われている小道具です。
しかも、毀されている。奇術の道具が壊され、撒き散らされた部屋で、奇術ショウに関わる女性が死んでいる。
その小説集の著者が、鹿川です。自分の書いた本の小道具が、殺人現場に散らばっている。
鹿川は、自著を手掛かりにして、真相を追い始めます。自分の本が、事件の一部になっている。
作者にとって、これほど落ち着かない状況はありません。そして、落ち着かないからこそ、彼は動かずにいられません。
読者は、奇術ショウの客席に座らされます。奇術師としても高名な著者が書いた、奇術に関わる殺人の物語。
見せ方と隠し方の手練れが、そのまま本格ミステリの手つきになっています。舞台の上で何が見え、何が隠されているのか。
観客である読者は、鹿川とともに、その仕掛けを見極めようとすることになります。舞台の上の手が次に何をするのか。
客席の読者は、奇術師の指先から最後まで目を離せなくなります。
読みどころ
観客の目をどこへ向けさせ、どこから逸らすか。奇術師が舞台で磨いたその技術が、謎の組み立てにそのまま移し替えられています。
見せ方と隠し方を知り尽くした人物が、ミステリを書いたらどうなるか。『11枚のとらんぷ』は、その問いへの最初の答えです。
奇術ショウ、消えた女性、散乱した小道具。舞台の上の出来事が、そのまま謎の材料になっています。
もうひとつは、長編第1作という位置です。デビューと同じ1976年のうちに、早くもこの作品が出ました。
ここから『乱れからくり』の協会賞へ、そして直木賞へと続く道が始まっています。泡坂ミステリの出発点として、この一冊の華やかさは、いま読んでも少しも色褪せていません。
こんな人におすすめ
論理の筋道を自分の手で辿りながら謎解きを楽しみたい読者、奇術という題材に惹かれる読者に向いています。泡坂妻夫をこれから読む人は、この第1作から入るのが自然です。
逆に、人物の内面や物語の情感を第一に求める人には、奇術ショウの華やかな手捌きが少し乾いて感じられるかもしれません。乾いた手捌きこそが、この作家の芸です。
奇術を見るつもりで開けば、その芸を存分に楽しめます。
作品の背景
本作は1976年、幻影城ノベルスから刊行された、泡坂妻夫の長編の第1作です。2023年の創元推理文庫新版には、相沢沙呼が解説を寄せています。
刊行から半世紀近くを経て、なお新版で読まれている一冊です。
手に取るなら
現行版は創元推理文庫の2023年新版。シリーズには属さない単独の長編ですから、泡坂妻夫の他の作品を読んでいなくても問題ありません。
奇術ショウの客席に座って、仕掛けから出てくるはずだった女性を待つところから。舞台から消えた女性に何が起きたのかを、観客として最後まで見届けてください。
紋章上絵師の家業と創作奇術、二つの手仕事を抱えた作家が、小説の舞台で初めて披露した演目です。
泡坂妻夫について
泡坂妻夫は1933年、東京・神田の生まれで、本名は厚川昌男です。筆名は本名のアナグラムになっています。
生家は着物に家紋を描き入れる紋章上絵師で、作家になってからも家業を続けました。奇術師としての顔も持ち、1969年には創作奇術をまとめた作品集で第2回石田天海賞を受けています。
1976年、短編「DL2号機事件」が第1回幻影城新人賞の佳作に入ってデビューしました。1978年に『乱れからくり』で第31回日本推理作家協会賞、1982年に『喜劇悲奇劇』で第9回角川小説賞を受けます。
のちには職人の世界を描く人情ものにも筆を広げ、1988年に『折鶴』で第16回泉鏡花文学賞、1990年に『蔭桔梗』で第103回直木賞を受けました。探偵役には亜愛一郎、曾我佳城、ヨギ ガンジーらがいます。
2009年に75歳で亡くなっています。
書誌情報
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