ミステリーとしての読みどころ
五つ星ホテルのティールームで、世界的に人気のミステリー作家が、意味ありげな「秘密」を発表する会見を開く——その舞台が整った矢先に、当の作家が人前で倒れ、そのまま絶命してしまいます。ミステリーを書いてきた人物が、ミステリーのただ中で命を落とす。
『メイドの推理とミステリー作家の殺人』は、その皮肉な出発点から静かに動きだす、切なくも心温まる謎解きです。
著者について
著者はニタ・プローズ。前作『メイドの秘密とホテルの死体』でバリー賞とアンソニー賞の最優秀新人賞に輝き、MWA最優秀長編賞の最終候補にも名を連ねた書き手です。
本作『The Mystery Guest』はその続編にあたり、原書は2023年、邦訳は2024年に二見書房の二見文庫〈ザ・ミステリ・コレクション〉から届きました。数々のミステリー小説賞に迎えられた前作から地続きに、同じ主人公が帰ってきます。
主人公は、ホテルのメイドとして働くモーリー。集団になじむのが得意ではなく、人の顔色を読むのも苦手な彼女は、前作の一件を経て、いまやメイド主任へと昇進しています。
几帳面で、規則と清潔を何より愛し、世間のあいまいな含みをうまく受け取れない——そんな彼女のまっすぐな目を通して物語が語られるところに、このシリーズならではの味わいがあります。
物語の舞台は、前作と同じ五つ星の〈リージェンシー・グランド・ホテル〉。今回その檜舞台となるのは、優雅なティールームです。
世界的に名を知られたミステリー作家、JDグライムソープが、ここである「秘密」を発表する会見を開くことになりました。人気作家がわざわざ場を設けて明かそうとする秘密とは、いったい何なのか。
ホテルはにわかに色めき立ち、期待とざわめきのなかで、会見の時を迎えます。
ところが、その晴れがましい席で、当の作家が突然倒れ、そのまま息を引き取ってしまうのです。ほどなく、これはただの急死ではなく毒殺らしいと見立てられ、華やかなお茶会の空気は一転、殺人事件の捜査の場へと塗り替えられていきます。
まず疑惑の目が向けられたのは、作家にお茶を供した新人のメイドと、作家の身近に仕えていた個人秘書でした。給仕をした者、そばに付き添っていた者——毒という手口の性質上、飲み物や作家の間近にいた人間へ視線が集まるのは、いかにも自然な流れです。
そしてメイド主任となったモーリーもまた、前作に続いてこの事件の渦中へと引き込まれていきます。
しかも彼女には、周囲の誰ひとり知らない事情がありました。亡くなった作家とのあいだに、ほかの誰も知らない繋がりがあったのです。
その繋がりが何なのかは、読者が物語とともに一歩ずつゆっくり確かめていくところ。捜査が進むほどに、モーリーの立ち位置は、単なる目撃者以上のものへと傾いていきます。
ホテルの秩序を守ることを生きがいにしてきた彼女が、その秩序が崩れた現場のすぐ近くに立たされる。この居心地の悪さこそ、序盤を前へと押し出す力です。
読みどころ
最大の趣向は、「ミステリー作家がミステリーの中で殺される」というメタ的な仕掛けにあります。 謎を作る側だった人物が、他ならぬ謎の中心に据えられる。
物語を書く者と、物語を読み解く者。その役割がくるりと入れ替わる構図そのものが、読み手を思わずにやりとさせます。
作り物めいた設定に遊びながら、事件そのものはきちんと追える——そのバランスの良さが持ち味です。
そしてこのシリーズを唯一無二にしているのが、モーリーの語りです。含みや建前をそのまま受け取れず、物事を言葉どおりに、細部まで律儀に見つめてしまう彼女の視点は、読者が世界を見るレンズを独特なものに変えます。
人が何気なく流してしまう小さな引っかかりを、彼女はまっすぐ拾い上げる。かと思えば、誰もが察するはずの含みを、するりと取り落とす。
そのずれが、可笑しさと切なさを同時に生むのです。事件を追う推理小説でありながら、風変わりな一人の女性の心の物語としても読める。
そこにこのシリーズの厚みがあります。
血なまぐさい緊迫や、社会の暗部に踏み込む重い犯罪小説を求める気分のときには、この物語の柔らかな温度は、いささか穏やかに映るかもしれません。反対に、風変わりで愛おしい語り手と一緒にホテルの一室を歩き、笑いながらも胸の奥がほろりとするような読書を求める人には、これ以上ない一冊です。
「切なくも心温まる独特な味わい」という評は、決して大げさではありません。
手に取るなら
本作は二見書房の二見文庫〈ザ・ミステリ・コレクション〉の一冊として手に取れます。シリーズ第1作『メイドの秘密とホテルの死体』から読み始めれば、モーリーがどんな道のりを経てメイド主任にたどり着いたのか、その足取りごと味わえます。
もちろん本作だけでも事件は十分に追えますが、この実直で愛おしい主人公と長く付き合ってみたくなったら、はじまりの一作から順に開いてみるのがおすすめです。