黄金期米国古典 1950
童謡のとおりに、
人が死んでいく。
『ダブル・ダブル』エラリー・クイーン

書評

ダブル・ダブル

童謡になぞらえた死が続く町を再訪する、ライツヴィルものの見立て殺人。

ダブル・ダブル 表紙画像
エラリー・クイーン 早川書房(ハヤカワ・ミステリ文庫) 原書 1950年 · 邦訳 2022年
目次

一通の匿名の手紙から、静かに歯車が回りはじめます。差出人の名はなく、封を開けても入っているのは古びた新聞の切り抜きだけ。

遠い町で起きた出来事を伝えるその紙片が、名探偵エラリイ・クイーンを、かつて幾度も足を運んだ町へとふたたび引き寄せていきます。『ダブル・ダブル』は、黄金期アメリカ本格の巨匠エラリー・クイーンが円熟期に放った、見立て殺人の一編です。

物語の入り口

本書が描くのは、作者が繰り返し舞台に選んだ架空の町ライツヴィルです。名探偵エラリイにとって、この町を訪れるのはこれが四度目。

土地の空気も人の顔も知り尽くしたはずの町で、彼は思いがけない連鎖に巻き込まれていきます。

物語は、エラリイのもとに届いた一通の封筒から動き出します。差出人不明のその封筒に収められていたのは、ライツヴィルの地元紙から切り抜かれた記事の数々。

そこに並ぶのは、穏やかならぬ死と失踪の記録でした。〈町の隠者〉と呼ばれた男の病死、富豪の自殺、そして〈町の物乞い〉の失踪——一見ばらばらに見える三つの出来事が、なぜか一人の手で束ねられ、遠いエラリイのもとへ送りつけられてきたのです。

誰が、何のために。その意図が読めないまま、紙片だけが不吉に手元に残ります。

ほどなくして、一人の娘がエラリイの前に現れます。名はリーマ。

公式の紹介で「妖精のように魅力的な娘」と描かれる彼女は、失踪した父の身に何が起きたのか、その真相を探ってほしいと訴えます。少女の願いに背を押されるように、エラリイはふたたびライツヴィルへ——四度目の訪問へと向かうことになります。

けれど、町で彼を待っていたのは、切り抜きに記された出来事の後日談ではありませんでした。訪れて早々にさらなる不審死が起こり、そしてもう一つ、また一つと続いていく。

静かな地方の町に、死が途切れることなく影を落としていきます。その連なりを追ううちに、エラリイはある奇妙な符合に気づきます。

相次ぐ死が、古い童謡の文句にひとつずつなぞらえるように起きているらしいのです。歌の調べに合わせて死が並べられていくという、ぞっとするような気配。

読者は、エラリイの傍らでこの町の異変に立ち会いながら、次第に濃くなっていく不穏のなかへ引き込まれていきます。

読みどころ

見立ての妖しさと、論理の手ざわりが同時に味わえるところが、本書のいちばんの読みどころです。 童謡に沿って死が積み重なっていくという構図は、それ自体が読者をぞくりとさせます。

目に見えない誰かの企図が、歌という枠に沿って町を侵していく——その不気味さが物語を覆っています。その一方で、クイーンの真骨頂である論理の筋道は少しも緩みません。

ばらまかれた事実の一つひとつが、やがて一本の線へと結ばれていく手続きを、読者は探偵と同じ材料を手にして追いかけられます。感覚的な恐ろしさと、理詰めで解いていく快感。

その二つが同じ物語のなかで拮抗しているのが本書の面白さで、見立てものでありながら、あくまで手がかりと論理で解かせる一編になっています。

舞台となるライツヴィルは、作者が幾度も筆を戻した架空の町です。その土地を四度目に訪れるという枠組みは、作者を追ってきた読者にはひとしお味わい深く、はじめて足を踏み入れる読者にとっても、地方の共同体にひそむ翳りを描いた物語として過不足なく閉じています。

よそ者ではないはずの探偵が、勝手を知った町でかえって足をすくわれていく——その居心地の悪さが、事件のなぞらえの薄気味悪さと響き合っています。円熟期の作らしく、事件の運びにも人の描き方にも落ち着いた厚みがあり、腰を据えて読み進める楽しさがあります。

こんな人におすすめ

論理で組み上げられた謎解きを正面から味わいたい読者、そして見立て殺人という趣向の妖しさに惹かれる読者には、まっすぐ薦められる一冊です。逆に、派手な立ち回りやスピード感を第一に求める向きには、事実を一つずつ積み上げていく語り口が悠長に映るかもしれません。

けれど、その丁寧さこそが終盤に効いてくる作りです。手がかりと向き合いながら、じっくり読み進める時間そのものを楽しめる人にこそ、本書はよく応えてくれます。

作品の背景

本書の原著が世に出たのは1950年。数々の作を経て筆が円熟に達した時期の一作です。

手に取るなら

いま手に取るなら、ハヤカワ・ミステリ文庫に収められた越前敏弥による新訳(2022年)です。読みやすく整えられた訳文で、円熟期のクイーンの手つきを存分に味わえます。

巻末には飯城勇三による解説を収録。黄金期アメリカ本格の奥行きを、見立ての妖しさとともに知るのにふさわしい一作です。

エラリー・クイーンについて

エラリー・クイーンは、フレデリック・ダネイ(1905〜82)とマンフレッド・B・リー(1905〜71)、いとこ同士の二人が用いた合作のペンネームです。作中で謎を解く名探偵にも、同じ名が与えられています。

二人は1928年、出版社と雑誌が募った長編の懸賞に『ローマ帽子の謎』を投じ、翌1929年の刊行でデビューしました。以後、題名に国名を冠した〈国名シリーズ〉を書き継ぎ、1932年から翌年にかけてはバーナビー・ロス名義でドルリー・レーン四部作も発表しています。

ダネイは1941年に〈エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン〉を創刊して長く編集にあたり、多くの書き手を世に送り出しました。二人はアンソロジストや短編ミステリの研究者としても仕事を残し、1961年にはアメリカ探偵作家クラブ(MWA)のグランドマスター賞を受けています。

書誌情報

出版社
早川書房 / ハヤカワ・ミステリ文庫
原書刊行年
1950
邦訳刊行年
2022
ISBN-13
9784150701550
系譜
黄金期米国古典 / 名探偵もの · シリーズ探偵物

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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