黄金期米国古典 1936
死んだ男の妻を名乗る女が、
二人現れた。
『中途の家』エラリー・クイーン

書評

中途の家

国名シリーズを離れ、二重生活を送る男の死という新機軸に挑んだ転換作。

中途の家 表紙画像
エラリー・クイーン KADOKAWA(角川文庫) 原書 1936年 · 邦訳 2015年
目次

ニューヨークとフィラデルフィア。アメリカ東部を代表する二つの都市のあいだに、トレントンという小さな町があります。

どちらの世界にも属しきらない、まさに中途の場所。その町のあばら屋で、一人の男が刺し殺されて見つかるところから、この物語は動き出します。

名も素性も知れない、正体不明の死者として。しかも、その男を「夫」と呼ぶ女性が、一人ではなく二人現れるのです。

物語の入り口

物語の中心にあるのは、殺された男が抱えていた奇妙な事実です。トレントンのあばら屋に横たわっていた死者は、はじめ誰とも知れない一人の男でした。

身元の手がかりすら乏しいまま、事件はいったん静かな困惑のなかに置かれます。ところが、その死をきっかけに二人の女性が姿を現すのです。

二人とも、自分こそがこの男の妻だと名乗る。片方が偽りを述べているのか、それとも——という単純な図式では、この事件はとうてい片づきません。

やがて明らかになるのは、男が重婚者であったという驚くべき事実。彼は二つの街を行き来しながら、それぞれの場所でまったく別の人格を演じ分け、二つの暮らしを並行して営んでいたのです。

名を変え、顔を変え、通う先を変えて。一人の男の背中に、二つの家庭がぶら下がっていたことになります。

ひとりの人間が、二人分の人生を生きていた。その裂け目のちょうど中間に置かれたのが、トレントンという町であり、朽ちかけたあばら屋でした。

二つの都市を結ぶ道の途上、どちらの顔で振る舞うべきかを男が切り替えていたであろう境目の町。そこで彼が息絶えたという配置には、どこか象徴めいた響きがあります。

タイトルの「中途の家」が指し示すのは、二つの都市にはさまれた地理であると同時に、二つの顔のあいだで宙づりになった、この男そのものの姿でもあるのでしょう。読者は、どちらの街のどちらの生活が事件の根にあるのか見当のつかないまま、二重にほどけていく糸の前に立たされることになります。

ひとつの死体から二つの人生が枝分かれし、その分岐点に真相が埋もれている。事件の輪郭がひろがるほど、足場が二つに割れていくような心もとなさが、静かに読み手をとらえて離しません。

読みどころ

読みどころは、「二重生活の男の死」という一風変わった素材を、正統派の論理でどこまでも詰めていく手つきにあります。 派手な仕掛けで驚かせるより、提示された事実を一つずつ吟味し、消去し、残ったものを積み上げていく。

〈国名シリーズ〉で鍛えられた「すべての手がかりを読者に示す」という姿勢は、看板を外したこの作品でも一分の緩みもありません。だからこそ、途中に置かれた「読者への挑戦」が効いてきます。

作者はここで手を止め、必要な材料はもう出そろったと読者に告げる。その一行の潔さこそ、フェアプレイ探偵小説の醍醐味そのものです。

奇抜な設定を持ち込みながらも、解き明かす道筋はあくまで理詰めで一貫している。その落差が、本作の手応えを確かなものにしています。

同時に本作は、シリーズの一編としてではなく、独立した長編として読める点も魅力です。前の巻を知らなくても、この一冊だけで完結した謎解きを最後まで味わえます。

クイーンという書き手に初めて触れる人にとっての入り口としても、また馴染みの読者にとっては作風の振れ幅を確かめる一冊としても、ちょうどよい位置に立っています。

こんな人におすすめ

正面から論理を組む謎解きを、腰を据えて味わいたい読者にはまっすぐ薦められる作品です。手がかりと推理の応酬に頭を使うほど楽しめる作りなので、そうした読書を好む人ほど深く入り込めるはず。

逆に、スピード感やアクションで一気に読ませてほしいという気分のときには、二つの生活を丹念にたどっていく本作の運びは、やや腰の重いものに映るかもしれません。ただ、その入り組んだ構図をゆっくり解きほぐしていく過程こそが、この作品の核にある愉しみです。

作品の背景

原著が世に出たのは1936年。本作『中途の家』は、それまで看板だった〈国名シリーズ〉をいったん離れて発表された、いわば転換作にあたります。

名探偵エラリーが謎に挑む骨格はそのままに、扱う題材を大きく踏み替えてみせた一冊。おなじみの「読者への挑戦」がここでも挿し込まれ、作者と読者が同じ手がかりを前に知恵比べをする、あの緊張感は健在です。

手に取るなら

いま手に取るなら、角川文庫版が確かな選択です。越前敏弥らによる新訳(2015年)で、読み口はなめらか。

もちろん「読者への挑戦」もきちんと収められています。国名シリーズの華やかさとはひと味違う、題材で勝負したクイーン中期の意欲作として、黄金期アメリカ本格の懐の深さを知るのにふさわしい一冊です。

エラリー・クイーンについて

エラリー・クイーンは、フレデリック・ダネイ(1905〜82)とマンフレッド・B・リー(1905〜71)、いとこ同士の二人が用いた合作のペンネームです。作中で謎を解く名探偵にも、同じ名が与えられています。

二人は1928年、出版社と雑誌が募った長編の懸賞に『ローマ帽子の謎』を投じ、翌1929年の刊行でデビューしました。以後、題名に国名を冠した〈国名シリーズ〉を書き継ぎ、1932年から翌年にかけてはバーナビー・ロス名義でドルリー・レーン四部作も発表しています。

ダネイは1941年に〈エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン〉を創刊して長く編集にあたり、多くの書き手を世に送り出しました。二人はアンソロジストや短編ミステリの研究者としても仕事を残し、1961年にはアメリカ探偵作家クラブ(MWA)のグランドマスター賞を受けています。

書誌情報

出版社
KADOKAWA / 角川文庫
原書刊行年
1936
邦訳刊行年
2015
ISBN-13
9784041014585
系譜
黄金期米国古典 / 名探偵もの · シリーズ探偵物

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リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
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プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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