黄金期米国古典 1938
二十年いがみ合った二人が、
結婚し、そろって殺された。
『ハートの4』エラリー・クイーン

書評

ハートの4

いがみ合う映画スター夫妻の死を追う、ハリウッドを舞台にした一作。

ハートの4 表紙画像
エラリー・クイーン 東京創元社(創元推理文庫) 原書 1938年 · 邦訳 1959年
目次

陽気な結婚騒ぎが、冷酷きわまる二重殺人に転じる。『ハートの4』(原書1938年)は、その一行の急転から動きだす、黄金期アメリカ本格の一編です。

舞台はハリウッド。映画の脚本を書くために都へ招かれた名探偵が、祝福の歓声のただ中で、頭脳をフル回転させる羽目になります。

物語の入り口

物語は、エラリーが映画の脚本を書くためにハリウッドへやって来るところから動きだします。招かれた理由はあくまで仕事であって、事件ではありません。

ところが映画の都では、スクリーンの外側でも大がかりな芝居が進んでいました。二十年以上にわたっていがみ合ってきたベテラン映画スター、ブライスとジャック。

犬猿の仲として世に知られた二人が、あろうことか突如として和解し、大勢のファンが見守るなかで結婚式を挙げるというのです。長年の憎しみが公衆の面前でほどけていく——その成り行き自体が、すでにひとつの見世物でした。

祝祭は、この上なく華やかに整えられます。銀幕のスターたちから、彼らを売り出す側の人々まで、映画王国の面々がひしめく賑やかな舞台。

歓声とカメラが二人を包み、和解の物語は最高の話題として広がっていきます。ところが——その二人が、そろって命を落としてしまうのです。

陽気な結婚騒ぎは、そのまま冷酷きわまる二重殺人へと姿を変えました。そして彼らのもとには、謎めいたトランプのカードが送りつけられていた。

晴れやかな祝いの席には、ずいぶん前から悪意が紛れ込んでいたことになります。

この立ち上がりの落差が、まず読者を掴みます。二十年の憎悪が和解へ反転し、その和解が死へ反転する。

二度続けて足元をひっくり返される導入は、それだけで先を急がずにいられない速度を持っています。しかも事件が起きたのは、大勢の人間が出入りする華やかな祝いの場です。

舞台が賑やかであるほど、目を凝らすべき影も広く散らばっていく。読者は、祝福に沸く群衆の一人として結婚騒ぎを眺めているうちに、いつのまにか冷たい現場へ取り残される位置に立たされます。

脚本を書きに来たはずのエラリーが頭脳をフル回転させることになるのも、無理はありません。

読みどころ

読みどころは、絢爛たる舞台の上でこそ、論理の輪郭がくっきりと浮かび上がるところです。 ハリウッドという素材には、放っておいても華やかさだけで一冊を持たせてしまえる強さがあります。

本作はそこに、名探偵が手がかりを拾い、筋道を立て、最後にひとつの答えを名指すという黄金期本格の背骨を、まっすぐ通しました。「エラリーが指摘した意外な真犯人とは?」という惹句が正面から読者を挑発してくるのも、その骨格に自信があるからでしょう。

もうひとつは、間口の広さです。謎解きにロマンスと映画界の空気を織り交ぜた娯楽性の高さは、黄金期の探偵小説にしばしばつきまとう取っつきにくさを、ずいぶん和らげてくれます。

スターがいて、結婚があって、殺人が起こる。土台の素材が今日でもそのまま通じるぶん、八十年以上前の作品だという身構えを、読みはじめて数ページで忘れてしまえるはずです。

こんな人におすすめ

名探偵の推理を追いかける古典的な謎解きを、賑やかな舞台で味わいたい読者にはよく合います。海外ミステリの古典に初めて手を伸ばす一冊としても入りやすいでしょう。

逆に、陰鬱で重たい物語や、静まり返った場所で息を殺して進む緊密な謎解きを求めて開くと、この華やぎと娯楽性は少々騒がしく映るかもしれません。ただ、派手さは中身の薄さの証ではなく、この作品が選び取った芸風です。

そう思って付き合うと、賑やかさの下に敷かれた論理の硬さがよく見えてきます。

作品の背景

エラリー・クイーンが舞台をハリウッドに据えて書いたのが第二期の一群であり、本作はその一作にあたります。謎解きにロマンスと映画界の華やぎを織り交ぜた、娯楽性の高い仕上がりです。

手に取るなら

現在手に取るなら、創元推理文庫の青田勝訳です。1938年の原書が1959年に日本へ紹介されて以来、長く読み継がれてきた一冊。

ここからクイーンに親しんだあとは、デビュー作『ローマ帽子の謎』に始まる〈国名シリーズ〉へ進むもよし、バーナビー・ロス名義で書かれたドルリー・レーン四部作へ回り道するもよし。巨匠中の巨匠と呼ばれた作家の、いちばん華やかな入り口として薦められる一作です。

エラリー・クイーンについて

エラリー・クイーンは、フレデリック・ダネイ(1905〜82)とマンフレッド・B・リー(1905〜71)、いとこ同士の二人が用いた合作のペンネームです。作中で謎を解く名探偵にも、同じ名が与えられています。

二人は1928年、出版社と雑誌が募った長編の懸賞に『ローマ帽子の謎』を投じ、翌1929年の刊行でデビューしました。以後、題名に国名を冠した〈国名シリーズ〉を書き継ぎ、1932年から翌年にかけてはバーナビー・ロス名義でドルリー・レーン四部作も発表しています。

ダネイは1941年に〈エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン〉を創刊して長く編集にあたり、多くの書き手を世に送り出しました。二人はアンソロジストや短編ミステリの研究者としても仕事を残し、1961年にはアメリカ探偵作家クラブ(MWA)のグランドマスター賞を受けています。

書誌情報

出版社
東京創元社 / 創元推理文庫
原書刊行年
1938
邦訳刊行年
1959
ISBN-13
9784488104191
系譜
黄金期米国古典 / 名探偵もの · シリーズ探偵物

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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