フランス古典 1931
再会を誓った六人が、
その日を前に殺されていく。
『六死人』スタニスラス=アンドレ・ステーマン

書評

六死人

5年後の再会を誓った6人を、一人ずつ死が襲う。冒険小説大賞に輝いたフランス本格。

六死人 表紙画像
スタニスラス=アンドレ・ステーマン 東京創元社(創元推理文庫) 原書 1931年 · 邦訳 1984年
目次

再会を誓い合った仲間が、約束の日を前に一人また一人と姿を消していく。フランス本格ミステリの古い書棚の奥から、いまなお新鮮な戦慄を放ちつづけている一冊です。

作者スタニスラス=アンドレ・ステーマンは、ベルギーのリエージュに生まれた作家です。本作『六死人』は1931年に世へ出るや、その年のフランス冒険小説大賞を射止めました。

まだ英米の探偵小説が黄金期の入り口にさしかかろうとしていた時代に、フランス語圏からこれほど端正な本格が現れていたという事実そのものが、まず驚きに値します。若き書き手の出世作にして、名探偵ヴェンス警部が謎に挑む本格ミステリ——その第一歩が、この一冊でした。

注目すべきは、その趣向です。登場人物の頭数が少しずつ減っていく——という骨格をクローズドサークルの物語に据えたこの作品は、後年に花開く同種の趣向に先んじた着想を持つ、先駆的な一作として記憶されています。

いまでこそ見慣れた型かもしれませんが、それがまだ誰の手にもなじんでいない時代に、これほど鮮やかに一篇の物語として立ち上げてみせた手つきには、後続の作品にはない生々しさがあります。ミステリの型が形をとりはじめた時代の、確かな里程標のひとつと言っていいでしょう。

物語の入り口

「世界はぼくたちのものさ!」——大志を抱いた6人の青年が、そう言い交わすところから物語は動きはじめます。若い彼らが約束したのは、それぞれ世界の各地へ散り、財を築くこと。

そしてちょうど5年後、ふたたび一堂に会して、手にした富を分け合うこと。まだ何者でもない若者たちが、未来を丸ごと信じきって船出していく——その眩しい出発の情景が、まず読者の胸に灯ります。

月日は流れ、いよいよ約束の日がやってきます。かつて誓いを交わした仲間たちが、それぞれの5年を抱えて、ふたたび集おうとする。

ところが、その待ちに待った再会を目前にして、物語は静かに不穏な方向へ傾きはじめます。彼らのうちの一人が、客船から落ちて行方が知れなくなるのです。

そしてそれを皮切りに、一人、また一人と、青年たちは命を落としていきます。

減っていくのは、頭数だけではありません。再会という希望そのものが、約束の日が近づくほどに欠けていく。

かつて肩を並べて夢を語った仲間の輪が、少しずつ小さくなっていく——その息苦しい緊張のなかで、読者の前にはたったひとつの問いがくっきりと立ち上がります。誰が、なんのために。

華やかな門出から幕を開けた物語が、いつしか死の気配にすっぽりと包まれていく。この落差の大きさこそが、本書を先へ先へとめくらせる力の源にほかなりません。

読みどころ

六人という限られた枠のなかで謎が煮つめられていく、その求心力が本書の身上です。 登場人物が絞られているぶん、出来事のひとつひとつが重く響き、盤面から一手ずつ駒が消えていくような緊迫感が最後まで途切れません。

手を広げず、円を狭めていく——そのぶん「誰が、なんのために」という一点へ、読者の関心はまっすぐ集められていきます。

その求心力を支えるのが、名探偵ヴェンス警部の存在です。次々と欠けていく輪を前に、事件の糸を丹念にたぐり寄せていく探偵がいることで、物語は単なる不安の連鎖に終わらず、解き明かされるべき謎としての輪郭を保ちつづけます。

減っていく緊迫と、謎を追う理知——この二つの引力が拮抗しているからこそ、頁を繰る手が止まらなくなるのです。

そして忘れてならないのが、この作品が置かれた歴史的な位置です。人数が減っていくという趣向を、これほど早い時期に、これほど鮮やかに物語の柱として立てた例は、そう多くありません。

フランス冒険小説大賞という同時代の高い評価が、その完成度を裏づけています。半世紀以上を経て創元推理文庫に加えられ、いまなお探偵小説の古典として読み継がれてきたという事実そのものも、この一冊が放つ力の確かさを物語っています。

ミステリのひとつの型が生まれ出る瞬間に立ち会う——そんな愉しみまで備えているのが、この古典の得がたいところです。

こんな人におすすめ

名探偵の登場する端正な本格を好む読者、そして限られた人間関係のなかで謎が締め上げられていく緊張を味わいたい読者には、まっすぐ薦められます。逆に、めまぐるしい活劇や派手な演出を求めて開くと、静かに円を狭めていくこの筆致は、少々落ち着きすぎて映るかもしれません。

けれど、閉じた輪のなかで札が一枚ずつめくられていくのを、息をつめて見守る——その古風で濃密な時間は、後続のどんな洗練された作品からも得がたい、この一冊ならではのものです。

手に取るなら

いま手に取るなら、創元推理文庫の一冊です(1984年刊)。フランス本格の粋を、名探偵ヴェンス警部の活躍とともに味わえる、探偵小説の古典として長く読み継がれてきました。

海外ミステリの地図を広げていくうえで、フランスという一角を確かに埋めてくれる、頼りになる道標となる一冊です。

スタニスラス=アンドレ・ステーマンについて

スタニスラス=アンドレ・ステーマンは、1908年にベルギーのリエージュで生まれ、1970年に南フランスのマントンで亡くなったフランス語の作家です。10代のころから短編を発表し、ブリュッセルの新聞『ラ・ナシオン・ベルジュ』の記者を務めながら、1928年に同僚の記者との合作で推理小説を書きはじめました。

合作を5冊出したのちは単独で書き、1931年の『六死人』でフランス冒険小説大賞を受けています。この作品で長編に初登場した探偵ヴェンスは、以後の多くの作品で活躍しました。

代表作の『殺人者は21番地に住む』(1939年)はアンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督のデビュー作として映画化され、クルーゾーは『犯罪河岸』(1947年)でもステーマンの小説を原作にしています。

書誌情報

出版社
東京創元社 / 創元推理文庫
原書刊行年
1931
邦訳刊行年
1984
ISBN-13
9784488212025
系譜
フランス古典 / クローズドサークル · 名探偵もの
受賞歴

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リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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