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REVIEW · 書評
N° 453 · 2026-08-04
真犯人はこの列車のなかにいる 表紙画像
現代英国

真犯人はこの列車のなかにいる

ベンジャミン・スティーヴンソン / ハーパーコリンズ・ジャパン(ハーパーBOOKS)
" 容疑者は全員ミステリー作家。軽妙な語りで進む列車のクローズドサークル。
#読者への挑戦#館・クローズドサークル#軽妙・ユーモア
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📝 書評 世評・資料をもとに、当サイトの選書基準で構成した書評です ✓ 結末・犯人・トリックの種類には触れていません
review notes

ミステリーとしての読みどころ

豪華列車の三泊四日の旅に、推理作家協会の五〇周年イベントの招待客たちが乗り込みます。顔ぶれは錚々たる作家ばかり。

つまり、作り話のなかで人を殺すことにかけては手慣れた人々です。そんな一行を乗せた列車が走り出し、旅の途中で招待作家の一人が殺害される——『真犯人はこの列車のなかにいる』は、その一報から動きはじめる長編ミステリーです。

著者について

著者はベンジャミン・スティーヴンソン。原書は二〇二三年に Everyone on This Train Is a Suspect の題で刊行されました。

直訳すれば「この列車の全員が容疑者」。原題も邦題も、作品の前提をためらいなく宣言してしまう強気な一行になっていて、読み手はページを開く前から、これは限られた顔ぶれのなかから犯人を見つける物語なのだと承知させられます。

日本語版は二〇二五年、ハーパーコリンズ・ジャパンのハーパーBOOKSから刊行されました。

語り手を務めるのは、アーネスト・カニンガムという駆け出しのミステリー作家です。彼が主人公を務めるのはこれが初めてではなく、本書は『ぼくの家族はみんな誰かを殺してる』に続くシリーズ第二作にあたります。

同じ語り手が、今度は作家たちの集まりに放り込まれます。ミステリーの書き方を職業として知っている人物が、目の前で起きた本物の事件に向き合う。

その立場ならではの可笑しさと居心地の悪さが、本書の語りの土台になっています。

物語の入り口は、一通の招待状です。まだ駆け出しのミステリー作家であるアーネストのもとに、推理作家協会が主催する五〇周年イベントへの案内が届く。

なぜ自分が、という戸惑いを抱えたまま彼が乗り込むのは、三泊四日の行程を走る豪華列車でした。同乗するのは名の通った作家たち。

実績も知名度も自分とは桁の違う面々に囲まれて、アーネストはどうにも肩身が狭い。この居心地の悪さが、序盤の語りに独特の可笑しみを与えています。

大先輩たちの会話に相槌を打ちながら、内心では自分の場違いさを持て余している——そんな新人の目線から、豪華列車という華やかな舞台が観察されていくのです。祝祭めいた空気に包まれた車内と、窓の外を流れつづける景色。

三泊四日という日程は、旅としては手ごろでも、気詰まりな相手と顔を突き合わせて過ごすには十分に長い時間です。途中で降りるわけにもいかず、当たり障りのない会話を重ねる彼を乗せて、列車はひたすら走りつづけます。

ところが旅の最中、招かれた作家のうちの一人が殺害されます。ここで効いてくるのが、列車という舞台の性質です。

走り出してしまえば乗客の顔ぶれは動かせない。外から誰かが加わることもなければ、都合の悪い人物がそっと立ち去ることもできない。

逃げ場のない箱のなかで、乗り合わせた全員が同じ疑いを分け合うことになります。しかも容疑の網にかかるのは作家陣だけではありません。

旅を楽しんでいたはずの一般客もまた、それぞれに何かしらの秘密を抱えていそうに見えてくる。誰の言葉も額面どおりには受け取れなくなり、車内の空気は少しずつ張り詰めていきます。

そして、まだ最初の事件の輪郭さえ定まらないうちに、次なる殺人が起こるのです。

読みどころ

読みどころは、条件がこれ以上ないほど整った閉鎖空間で、軽やかな語りが最後まで失速しないところにあります。 容疑者の範囲が最初から確定していて、なおかつ全員が物語の作り手である。

この設定は、読者に対しても正面から勝負を挑む構えを取っています。作中には、読者への挑戦と呼ぶべきメタ的な趣向が仕込まれており、それがあるからこそ、手がかりを黙って拾い集めるだけの読書にはなりません。

アーネストの一人称にぴたりと寄り添って車内を歩き回りながら、読者もまた勝負を挑まれた気分で、交わされる会話のひとつひとつに耳をそばだてることになります。

もう一つの美点は、語り口の温度です。人が死んでいく物語でありながら、アーネストの語りには自嘲まじりのユーモアが通っていて、深刻な状況ほど彼のぼやきが可笑しい。

この軽さは、緊張をやわらげるための緩衝材にとどまりません。閉鎖空間の息苦しさと同居することで、かえって事態の異様さを際立たせています。

ページをめくる手が軽いまま、状況だけがじりじりと悪くなっていく。その手触りが心地よい一冊です。

こんな人におすすめ

相性の話をしておくと、陰鬱で重厚な筆致や、徹底して写実的な捜査の手続きを味わいたい読者には、この語り口は軽く感じられるかもしれません。逆に、謎解きの枠組みそのものを遊んでみせる作品が好きな読者、限られた容疑者のなかで推理を組み立てる古典的な楽しみを現代の語りで味わいたい読者には、迷わずおすすめできます。

ユーモアのある一人称に付き合うのが苦にならないかどうかが、いちばん分かりやすい目安になるでしょう。

手に取るなら

入手はハーパーコリンズ・ジャパンのハーパーBOOKS版で。同じ語り手を主役に据えた第一作『ぼくの家族はみんな誰かを殺してる』から順に追いかけていけば、アーネストという人物の輪郭がより濃くなり、彼のぼやきもいっそう可笑しく響くはずです。

豪華列車という舞台に惹かれた方は、まずは第一作から旅の支度を始めてみてください。

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書誌情報

出版社
ハーパーコリンズ・ジャパン / ハーパーBOOKS
原書刊行年
2023
邦訳刊行年
2025
ISBN-13
9784302103379
系譜
現代英国 / メタ本格 · クローズドサークル