ミステリーとしての読みどころ
曰くつきの一族が、雪の降り積もる山のロッジに三年ぶりで顔を揃える。何も起こらないはずがない——そんな予感を語り手自身が口にしてしまうところから、『ぼくの家族はみんな誰かを殺してる』は転がり出します。
原題は Everyone in My Family Has Killed Someone。挑発的な題名をそのまま看板に掲げ、軽妙な一人称でカニンガム家の内側を語りながら、読者に向けた仕掛けを堂々と抱え込んだ長編です。
著者について
著者はベンジャミン・スティーヴンソン。原書は二〇二二年に世に出て、翌二〇二三年にはもう日本語で読めるようになりました。
版元はハーパーコリンズ・ジャパン、レーベルはハーパーBOOKS。原書刊行から一年という手回しの早さで届いた一冊です。
雪に閉ざされた宿に人が集まり、外部と切り離されたところで殺人が起きる——ミステリーの読者にはおなじみの型でしょう。本作の面白みは、その古典的な枠組みを、現代のよくしゃべる一人称に乗せ直したところにあります。
しかも閉じ込められる面々は全員が身内。逃げ場のなさが二重になっているわけで、この設定を選んだ時点で著者はなかなか意地が悪い。
カニンガム家が世間から白い目で見られるようになったのは、三十五年前のある日からでした。父が警官を殺した。
その一事が家族全員に貼りついて、以来ずっと剥がれないまま今日まで来ている——語り手「ぼく」の自己紹介は、そんな身も蓋もないところから始まります。血縁というだけで背負わされた汚名は、三十五年という歳月をもってしても薄まらなかったということです。
それを分かち合う者同士が久しぶりに集まるとき、空気がどうなるかは察しがつきます。
その一族が、三年ぶりに一堂に会することになりました。場所は雪山のロッジ、集まったのは九人。
三年という間隔は、家族の距離を測るには十分すぎる長さです。積もる話があるというより、掘り返さないでおいた話のほうが多い。
何も起こらないはずがない、と語り手が身構えるのも無理はありません。
そして予感は当たってしまいます。ロッジに到着した翌日、雪山で死体が見つかるのです。
それも、家族の誰でもない見知らぬ男でした。雪山というのは、音も色も乏しい静かな場所です。
その静けさのただなかに、素性の知れない死者がひとり。招かれざる客の登場によって、集まりの居心地の悪さは一気に別の質のものへ変わります。
やがて浮かび上がってくるのは、九人がそれぞれ何かを隠しているという事実です。誰もが少しずつ言葉を濁し、少しずつ辻褄の合わない動きを見せる。
そのうえで第二の殺人まで起きるのですから、疑いの目は外へ向かいようがありません。読者は、他人の家族の集まりに遅れて紛れ込んでしまった余所者のような席に座らされ、誰の言い分も鵜呑みにできないまま、九人分の顔色を順に窺うはめになります。
読みどころ
読みどころは、重たい題材を軽い足取りで運んでいく語りの手つきにあります。 殺人と汚名にまみれた一族の話でありながら、「ぼく」の語り口は終始とぼけた明るさを保っています。
悲愴に沈まないぶん家族の会話は皮肉と軽口で回り、そのリズムに乗せられて読者もつい笑ってしまう。ところが笑った直後に、ここは人が死んでいる雪山なのだと引き戻される。
この温度の切り替えが巧みで、ページをめくる手が止まりません。
もうひとつ挙げるなら、語り手が読者の存在をはっきり意識しているという点です。本作の「ぼく」は、目の前の事件を追うだけでなく、それを読む相手に向かって語りかける構えを取っています。
読者への挑戦という言葉が似合うたぐいの、仕掛けを備えた語り口。謎解きの手続きを読者と共有しようとする姿勢そのものを味わえる作品で、そうしたミステリーに目のない向きには、この構えが何よりのごちそうになるでしょう。
題名からしてもう挑発なのですから、腰を据えて受けて立つのが正しい読み方です。
こんな人におすすめ
相性で言えば、殺人の場にユーモアが同居することへの抵抗が強い読者は、語り口の軽さを不謹慎と感じるかもしれません。静かで湿度の高い犯罪小説、内面を深く掘り下げる筆致を求めて手に取ると、賑やかすぎると映る可能性もあります。
逆に、クローズドサークルの息苦しさを楽しみたい読者、皮肉の効いた一人称に付き合うのが好きな読者、そして書き手が仕掛けてくる遊び心に正面から乗りたい読者には、これ以上ないほど噛み合う一冊です。家族九人という大所帯なので、関係を頭の中で並べ直しながら読む手間はかかりますが、その整理作業自体が謎解きの楽しみの一部になっています。
手に取るなら
入手はハーパーコリンズ・ジャパンのハーパーBOOKSから。翻訳ミステリーの棚では比較的見つけやすい部類です。
本書を気に入ったなら、続篇『真犯人はこの列車のなかにいる』も日本語で読めますので、そのまま続けて手を伸ばすとよいでしょう。曰くつきの一族と雪山という道具立てで、現代の翻訳ミステリーがどんな遊びを仕掛けてくるのか。
その現在地を確かめるのにうってつけの作品です。