現代国内 1999
燃えさかる森のなかで、
犯人は誰かと問われる。
『どんどん橋、落ちた』綾辻行人

書評

どんどん橋、落ちた

作家のもとへ持ち込まれる五つの難問。犯人当てに正面から挑む作品集。

どんどん橋、落ちた 表紙画像
綾辻行人 講談社(講談社文庫・新装改訂版)1999年
目次

ミステリ作家・綾辻行人のもとへ、解くのに骨の折れる「問題」が次々に持ち込まれます。橋が落ちて行き来できなくなった〈どんどん橋〉の先。

火の回る〈ぼうぼう森〉。どこにでもありそうな一家の暮らし。

そこで起きた事件の犯人を当てよ、というのが問題の中身です。『どんどん橋、落ちた』は、そうした問題を五つ収めた作品集です。

読者は作中人物と同じ位置から、犯人当てに挑むことになります。

物語の入り口

作中には、ミステリ作家・綾辻行人という人物が登場します。彼のもとへ、「問題」が持ち込まれる。

作家に向かって、この事件の犯人は誰か、と問いが差し出される。本作の五編は、すべてその形をとっています。

作家が作中に登場し、問題を受け取る側に回る。その趣向そのものが、まず読者の興味を引きます。

持ち込まれる問題は、どれも簡単には解けません。まずは、示されている舞台を三つ並べてみましょう。

崩落して、誰も渡れなくなった〈どんどん橋〉。その向こう側で、事件が起こる。

燃える〈ぼうぼう森〉。そのなかで、事件が起こる。

ごく普通に暮らしている一家。そこでも、事件が起こる。

どれも、聞いただけで状況の異様さが伝わってくる設定です。三つ目の一家だけは、橋や森と違って何も異様に見えません。

崩れた橋も炎もない、ありふれた家の内側が、ほかの二つと同じ列に並べられている。その並びが、かえって不穏です。

渡れない橋の向こう、燃えている森のなか。ふつうなら人が近づけない場所で、それでも事件は起きている。

問われるのは、いつも同じです。犯人は誰か。

崩れた橋の向こうでも、燃える森のなかでも、ありふれた一家の暮らしのなかでも、突きつけられるのはこの一行の問いです。読者は作中人物と同じ位置に立ち、同じ問いに向き合うことになります。

読者は、この一冊を、ふつうの短編集のようには読めません。一編ごとに問題が提示され、答えを考える時間が用意されている。

腰を据えて考えなければ、先には進めない。逆に言えば、考える時間そのものが、この一冊のいちばんの中身です。

本を閉じて、天井を見上げて、もう一度ページを戻る。そういう読み方をする本です。

急いで読み飛ばすと、この一冊のいちばんおいしいところを素通りすることになります。

読みどころ

読者が作中人物と同じ位置に立ち、五つの難問の犯人を自分で名指しする。その遊びのためだけに組まれた作品集です。

犯人当てという、ミステリのいちばん素朴な遊びを、綾辻行人は真正面から五度繰り返します。犯人当ては、物語が答えを示す前に、読む側が自分で一人を名指しする遊びです。

当たれば快く、外れれば悔しい。その勝ち負けがはっきりしているぶん、ページをめくる手にも力が入ります。

難度は高い。腰を据えて考える価値のある問題が、五つ並んでいます。

もうひとつは、この作品集が作家の別の顔を見せていることです。館の建築家でも、恐怖の語り手でもなく、出題者としての綾辻行人。

短い枚数のなかで、読者と知恵比べをする。長編の壮大な仕掛けとは違う種類の、切れ味の鋭さがここにあります。

五つの問題に、腰を据えて向き合ってください。

こんな人におすすめ

一編ずつ本を閉じて考えながら読みたい読者、犯人当てという遊びを本気で楽しめる読者に向いています。どれも腰を据えて考える必要のある難問ですから、時間に追われていない日に開くのが合っています。

ミステリ好きの友人と、一問ずつ答えを持ち寄って語り合うのにも向いています。逆に、物語に身を任せて流れたい気分のときには向きません。

この本は、考えることを読者に要求します。その要求に応える気があるかどうかで、読み心地はまるで変わります。

作品の背景

館を舞台にした長編連作で知られる綾辻行人には、本作のように、短い枚数で読者と知恵比べをする趣向の作品もあります。長編の建築家という顔の裏に、パズルの出題者という顔を持つ作家で、本作はその出題者の顔が、もっとも前に出た一冊です。

単行本は1999年10月、講談社から出ました。2001年11月に講談社ノベルス、2002年10月に講談社文庫と版を移し、2017年2月には講談社文庫の新装改訂版が出ています。

手に取るなら

現行版は講談社文庫の新装改訂版で、紙でも電子でも読めます。いちばん新しい版ですから、これから読むならこの版です。

シリーズには属しませんから、綾辻行人の他の作品を読んでいなくても問題ありません。ただし、読むときは鉛筆を用意してください。

橋の向こう、森のなか、平和な一家。五つの問題の犯人を、自分の手で突き止めてみてください。

解けても解けなくても、考えた時間のぶんだけ、この本は面白くなります。読み終えて、もう少しこの出題者に付き合いたくなったら、番外編にあたる一編を収めた『人間じゃない〈完全版〉』があります。

綾辻行人について

綾辻行人は1960年、京都市の生まれです。京都大学教育学部に進んで京大推理小説研究会に所属し、のちに妻となる小野不由美と同期でした。

研究会には我孫子武丸や法月綸太郎も在籍しています。大学院在学中の1987年に『十角館の殺人』でデビューし、この一作がのちに「新本格」と呼ばれる流れの起点になりました。

1992年には『時計館の殺人』で第45回日本推理作家協会賞(長編部門)を、のちには第22回日本ミステリー文学大賞を受けています。

奇妙な館を舞台にした館シリーズを書き継ぐ一方で、囁きシリーズや『殺人鬼』、『Another』、『深泥丘奇談』の連作など、恐怖と怪奇を主眼に据えた作品にも長く取り組んできました。漫画家の楳図かずおを「わが心の師」と公言しており、謎解きの骨組みを組み上げる仕事と、怖さを描く仕事を並行して続けてきた作家です。

書誌情報

出版社
講談社 / 講談社文庫・新装改訂版
刊行年
1999
ISBN-13
9784062935517
系譜
現代国内 / 連作短編

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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