世界の残りは77日。
カウントダウン・シティ
小惑星の衝突まで、残された時間はあと七十七日。人類の終わりが日付として決まってしまった世界で、元刑事の男がたったひとりの失踪者を捜しはじめます。
『カウントダウン・シティ』は、そんな途方もない状況から静かに動き出す一作です。滅びが約束された社会で、なぜ人はなお他人を捜そうとするのか。
その問いが、物語の底にずっと流れ続けます。
物語の入り口
物語の舞台は、小惑星が地球へ衝突し、人類が壊滅すると判明してしまった世界です。破滅の日付が動かしがたい事実として突きつけられて以来、これまで当たり前に回っていた社会の仕組みは、少しずつ、しかし確実に崩れはじめています。
仕事も、暮らしも、人と人との約束も、「どうせ終わるのだから」という重力に引かれて緩んでいく。物流が滞り、連絡はつきにくくなり、昨日まで頼れたものが今日には頼れない。
そんな世界に、かつて刑事だった男パレスがいます。
その彼のもとへ、ひとりの知人が頼みごとを持ち込みます。姿を消した夫を捜してほしい、と。
終わりの秒読みが始まった街では、人が一人いなくなったところで珍しくもありません。この世界では、明日を待たずに姿をくらます人間などいくらでもいるからです。
まして社会の機能が失われかけたいま、公的な仕組みの助けもほとんど期待できないなかで、たった一人を捜し出せる見込みは、どう考えても低いのです。それでもパレスは、この依頼を断りません。
彼は昔ながらのやり方で、地道に、ひとつずつ手がかりをたどりはじめます。証言を集め、足で回り、細い糸を手繰るように。
世界が終わろうとしているのに、まるでその現実などなかったかのように。
ここで読者が立たされるのは、少し奇妙な場所です。あと数十日で何もかも消えてしまうと知りながら、それでも目の前の小さな謎に律儀に向き合う男の背中を、すぐ後ろから見つめることになる。
捜査という地味な営みそのものが、崩れゆく世界のなかでは、ほとんど祈りのように見えてくるのです。
読みどころ
この物語のいちばんの手ざわりは、終末のカウントダウンが、そのまま捜査の制約条件になっているところにあります。 残り時間という設定は、雰囲気づくりのための飾りではありません。
刻一刻と減っていく日数、次々に失われていく社会基盤、頼りにならなくなる連絡手段。そのすべてが、パレスが捜査に使える手札を容赦なく削っていきます。
ふつうのミステリなら当然使えるはずの前提が、この世界では一つ、また一つと崩れている。だからこそ探偵は工夫を迫られ、読者もまた「残された条件で、どこまで真相に近づけるのか」という緊張のなかに置かれます。
特殊なSF設定と、手がかりを積み上げる本格捜査とが、切り離せないかたちで噛み合っている。設定が謎解きの邪魔をするのではなく、設定こそが謎解きの舞台を作っている——そこにこの連作の妙味があります。
こんな人におすすめ
相性の話をしておきます。純粋なパズルとして、密室や暗号の論理曲芸だけを楽しみたい読者には、少し毛色が違って感じられるかもしれません。
本書の魅力は、崩壊しつつある世界の空気と、それでも捜査をやめない男の姿勢と、限られた条件下の推理とが分かちがたく溶け合っているところにあるからです。逆に、終末という大きな設定を土台にしたミステリに惹かれる読者、社会が壊れていく手ざわりをじっくり味わいたい読者、そして「探偵はなぜ探偵であり続けるのか」という問いに弱い読者には、忘れがたい一冊になるはずです。
派手な事件の連続で押すタイプではなく、静かな不安がゆっくり満ちていく読み味を好む人に、とりわけ向いています。
作品の背景
第一作にあたる『地上最後の刑事』に続く三部作の第二弾が、本書『カウントダウン・シティ』。原著は二〇一三年、日本では翌二〇一四年に早川書房のハヤカワ・ミステリ文庫から刊行されました。
しかも本書はフィリップ・K・ディック賞の受賞作。この賞をミステリの連作が射止めているという事実そのものだけで、この三部作がどのあたりに立っているか、なんとなく想像がつくのではないでしょうか。
謎解きとSFのちょうど境目に足をかけた、風変わりな連作なのです。ミステリの棚とSFの棚、そのどちらに置いても収まりが悪く、しかしどちらの読者にも語りかけてくる。
そういう作品には、片方のジャンルだけでは出せない独特の緊張感があります。
手に取るなら
入手は早川書房のハヤカワ・ミステリ文庫で。本書は三部作の第二巻にあたるので、まずは第一作『地上最後の刑事』から順に読むのがおすすめです。
滅びゆく世界で刑事であり続けた男の物語を最初から追ってきた読者にとって、この巻はシリーズの中核にある設定がいよいよ強く効いてくる、読みごたえのある一冊になっています。世界の終わりを背景にした、静かで誠実なミステリを探しているなら、迷わず手に取ってほしい連作です。
ベン・H・ウィンタースについて
ベン・H・ウィンタースは1976年、アメリカのワシントンD.C.生まれの作家です。セントルイスのワシントン大学を卒業後、劇作家や児童書の書き手として出発し、2009年に古典小説を下敷きにしたパロディ『Sense and Sensibility and Sea Monsters』がニューヨーク・タイムズのベストセラーになりました。
ミステリでは、小惑星衝突を目前にした世界を描く『地上最後の刑事』に始まる三部作で名を上げ、第1作がエドガー賞、第2作がフィリップ・K・ディック賞を受けています。その後も、奴隷制が続く架空のアメリカを舞台にした『Underground Airlines』(2016)でサイドワイズ賞を受け、邦訳には『その少年は語れない』もあります。
近年はテレビドラマの制作にも携わっています。
書誌情報
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