迷ったらこの5冊 ミステリー入門 ―初心者におすすめ、何から読むかの答え
ミステリーを読んでみたいけれど、何から手に取ればいい? そんな初心者のために、間違いのない「最初の一冊」を、古典から現代まで厳選して案内します。
「ミステリを読んでみたい。でも、何から手に取ればいいの?」——そんなあなたのための一本です。
膨大なミステリーの森に踏み込む最初の一歩は、肝心です。難しすぎず、古すぎず、それでいて「ミステリーって面白い!」と心から思える——そんな間違いのない入門書を、海外の古典から現代まで厳選しました。気になった一冊から、どうぞ。
こんな読者のための一冊たち
- ミステリ初心者で、何から読むか決めかねている
- 久しぶりに小説を読むので、入りやすいものがいい
- 贈り物に、間違いのない一冊を選びたい
以下、仕掛けには指一本触れていません。安心してお読みください。
まずは“鉄板”の海外古典から
世界中で読み継がれてきた古典には、それだけの理由があります。最初の一冊として、これ以上の安心感はありません。
そして誰もいなくなった(アガサ・クリスティー/1939)
英国デヴォン州の沖合に浮かぶ小さな孤島、兵隊島。たがいに面識のない男女十人が、それぞれ別の招待状に導かれて渡ってきます。奔放な遊び人の青年、ハーレー街の医師、威厳ある判事、無骨な刑事、元傭兵、信心深い老嬢、召使いの夫婦、老将軍、神経質な秘書。ところが、招いたはずのオーエン夫妻の姿は島のどこにもありません。主のいない邸宅でたがいを探り合ううちに、最初の晩の食卓で奇妙な声が響き、一人ひとりの過去の罪を容赦なく暴き立てていきます。
何から読むか本気で迷ったら、まずこれを。世界累計一億部超と言われる、もっとも売れたミステリです。底力は道具立てよりむしろ、十人が一人ずつ確かな像を結んでいるところにあります。誰が何を背負い、何に怯え、誰をどう値踏みしているか。それが短い章立てで描き分けられているから、緊張が張りつめたときの一挙一動が生きた重みで迫ってくる。「あらすじを知っている」と「読んだことがある」のあいだには、深い溝があります。
オリエント急行の殺人(クリスティー/1934)
真冬の豪華国際寝台急行オリエント急行。車内は思いのほか混み合っていて、エルキュール・ポアロもまた偶然この列車に乗り合わせた一人でした。国籍も身分も気配もまるで違う人々が、ひとつの車輌に肩を寄せ合っています。ところがその夜、ユーゴスラビア領内とおぼしき雪原で大雪が線路を塞ぎ、列車は立ち往生してしまう。外界から切り離された細長い箱のなかで夜が明けたころ、いわくありげなアメリカ人富豪ラチェットが客室で刺殺体となって発見されます。
二冊目に置いたのは、舞台がとにかく分かりやすいからです。走る列車の一輌ぶん、登場人物はそこに乗り合わせた面々だけ。それでもポアロが一人ひとりから話を聞くたびに、背後にある人生の陰影が立ち上がり、車内の空気は少しずつ張りつめていきます。クリスティーはこの列車をこよなく愛して幾度も乗車しており、寝台車のつくりや国境を越えるときの手続きの描写がたしかです。証言を積み上げる運びに身をあずける読書を、ここで一度味わってみてください。
シャーロック・ホームズの冒険(アーサー・コナン・ドイル/1892)
依頼人がベイカー街を訪れ、奇妙な、あるいは不吉な事情を打ち明ける。ホームズは些細な物からその人物の来歴を読み取り、現場に立って物的証拠を解釈し、推論を積み上げて謎に迫る——収録12編は、どれもこの入口を共有しています。〈ストランド・マガジン〉に1891年7月号から1892年6月号まで毎月掲載された作品をまとめた短編集第1集で、「ボヘミアの醜聞」「赤毛組合」「まだらの紐」「青いガーネット」「技師の親指」「ぶな屋敷」などが並びます。
長編に身構えてしまう人には、ここがいちばん気軽な入口です。一編完結なので、寝る前に一編、行き帰りの電車で一編という読み方がそのまま成立します。のちの本格短編が当たり前のように踏襲する段取りは第1集の時点ですでに整っていて、短い枚数だからこそ推論の道筋に無駄がなく、解決の手応えだけがくっきり残る。霧、辻馬車、貴族の屋敷といった英国ミステリの意匠も、本書を通じて世界中に刷り込まれていきました。
現代の傑作で、いきなり夢中に
「古い文章はちょっと苦手」という人は、読みやすい現代作から入るのが正解です。
カササギ殺人事件(アンソニー・ホロヴィッツ/2016)
出版社に勤める編集者スーザン・ライランドのもとに、看板作家アラン・コンウェイの最新長編『カササギ殺人事件』の原稿が届きます。読者も彼女の肩越しに、刷り上がる前の一篇へ入っていくことになります。中身は1955年7月のサマセット州。パイ屋敷の家政婦の葬儀がしめやかに営まれ、静かなサクスビー・オン・エイヴォン村の人間関係に小さな影が差していく。そこへゆっくり足を運ぶのが、余命わずかな名探偵アティカス・ピュントです。
古い文章はちょっと苦手、という人にはここから入るのをすすめます。現代ロンドンの出版業界の軽やかさと、1955年の村の格調と、質感のまるで違う二つの声が一冊に同居していて、どちらも素直に読める。古典本格の作法をひととおり味わえるので、そのまま黄金期の作品へ進む橋渡しにもなります。上下2冊という厚みはありますが、時間を預けるだけの手応えは十分です。本屋大賞翻訳小説部門をはじめ、年末の主要ランキングを軒並み制しました。
木曜殺人クラブ(リチャード・オスマン/2020)
舞台は、かつての修道院を改装した本館のまわりに現代的な棟が並ぶ、高級リタイアメント・ヴィレッジ「クーパーズ・チェイス」。毎週木曜、「ジグソー・ルーム」と呼ばれる部屋に集まって未解決事件のファイルを広げ、ああでもないこうでもないと推理を披露し合うのが〈木曜殺人クラブ〉です。メンバーは、人脈と段取りに長けたエリザベス、元看護師のジョイス、元労組系活動家のロン、元精神科医のイブラヒム。その四人の足元で、敷地開発をめぐる本物の事件が起きます。
「重いのは苦手」という人に、自信を持ってすすめられる一冊です。軽妙な掛け合いで進むので読む速度が落ちず、それでいて容疑者の整理も動機の描き分けも伏線の配置も手抜きがない。笑いながら読んでいるうちに、手がかりはちゃんと目の前を通り過ぎていきます。英国の人気テレビ司会者による小説デビュー長編で、通勤の30分ずつでも十分読み進められる人懐こさ。クリスティー風の英国ミステリを現代の空気で読みたい人にも向きます。
よくある質問
Q. いちばん最初の一冊は、結局どれがいい?
A. 古典なら『そして誰もいなくなった』、現代の読みやすさなら『木曜殺人クラブ』。この2冊から、惹かれたものを選べば間違いありません。
Q. 古典は文章が古くて読みにくくない?
A. 新訳が充実しているので心配いりません。それでも不安なら、現代作(カササギ殺人事件・木曜殺人クラブ)から入るのがおすすめです。
Q. ネタバレが怖いのですが?
A. 当サイトのレビューも特集も、すべて仕掛けには触れていません。安心して、まっさらな状態で最初の一冊を開いてください。
最初の一冊との出会いは、長い読書人生の入口です。肩肘張らず、表紙やあらすじにピンときた一冊から。その扉の向こうには、一生かけても読みきれないほどの愉しみが待っています。
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