現代国内 2025
外は毒ガス、中は変死体。
病院から誰も出られない。
『白魔の檻』山口未桜

書評

白魔の檻

霧と有毒ガスに閉ざされた山奥の病院。医療現場の現実が謎解きに食い込む

白魔の檻 表紙画像
山口未桜 東京創元社(単行本)2025年
目次

逃げ道は、二重にふさがれています。北海道の山奥、温泉湖の近くに建つ病院を、まず濃い霧が包み、翌朝には大地震の影響で硫化水素ガスが流れ込んでくる。

山口未桜『白魔の檻』が描くのは、その孤立した病院で起きる不可能犯罪です。しかも病院である以上、そこには守るべき患者がいて、医療者だけが先に逃げるという選択はそもそも成り立ちません。

デビュー作『禁忌の子』に連なる、シリーズ第2弾です。

物語の入り口

春田は研修医です。実習のため北海道へ行くことになり、道連れになるのは、前作にも登場した、過疎地医療協力で派遣される医師の城崎。

学ぶために赴く若手と、支えるために送り出される医師。目的の違う二人連れが、温泉湖の近くにある山奥の病院を目指します。

研修医の春田にとっては、本来なら医療の現場を学ぶための場所になるはずでした。

ところが、二人が辿り着いた直後、病院一帯が濃い霧に覆われます。誰も入れず、誰も出られない。

着いたばかりの二人は、土地にも建物にもまだ慣れないうちに、その内側へ閉じ込められる格好になります。外との行き来が絶たれたなかで、院内では病院スタッフのひとりが変死体となって発見されます。

助けを呼ぼうにも、霧の向こうからは誰も来られません。

霧が晴れるのを待つだけでは済みません。翌朝、大地震が起き、その影響で病院の周囲に硫化水素ガスが流れ込んでくる。

霧は視界を奪い、ガスは外へ出る道そのものを危うくする——二つの壁が重なり、病院は完全に孤立します。そして、霧とガスに囲まれたその建物の中で、不可能犯罪が起こるのです。

ここで、舞台が医療の現場であることの意味が効いてきます。建物の中には患者がいて、医療者には診るべき人がいる。

危険が迫っても、自分たちだけ抜け出すわけにはいきません。閉ざされた建物の中で、医療者は務めを抱えたまま、足もとで起きた死とも向き合うことになります。

着いたばかりの二人と同じく、読み手も出口を持たないまま、事件の起きた建物の中に据えられることになります。

読みどころ

本作の核にあるのは、逃げるという選択肢が最初から成り立たない場所で、謎と向き合う重さです。

物語は、過疎地医療の現実と、災害のなかで患者を守り、ともに生き抜こうとする医療従事者たちの極限を描く本格ミステリです。霧とガスが外の世界を断ち切っても、病院の中では診療の務めが止まるわけではありません。

患者を抱えたまま閉じ込められるという条件が、事件の謎と並んで、登場する医療者たちにのしかかります。孤立した建物で起きる不可能犯罪という骨組みに、守るべき命という重りが最初から吊るされている——その重さが、舞台を単なる閉鎖空間以上のものにしています。

もうひとつは、過疎地医療という題材です。物語の二人のうち、医師が山奥の病院へ向かうのは、過疎地医療協力のための派遣という仕事の一環でした。

外から医師の派遣を受け入れる土地の医療が、物語の出発点に据えられています。現役の医師である著者が、医療の現場を飾りでなく正面から扱っていることは、この設定からも伝わってくるはずです。

そのうえで、「本格ミステリ・ベスト10」2026年版で国内第7位、第79回日本推理作家協会賞の候補という実績があります。災害と医療の物語であることと、本格ミステリとしての評価とが、この一冊で両立しています。

こんな人におすすめ

霧、地震、有毒ガスと、外へ出られない条件が一つずつ積み重なっていく舞台に胸が躍る人に向きます。医療の現場を描いた小説が好きで、そこに謎解きの芯が通っていてほしい人にも。

『禁忌の子』を読んで城崎という医師を覚えている人には再会の楽しみがあり、前作を知らない人も、ここから入って差し支えありません。

作品の背景

2025年8月29日、東京創元社から四六判上製、335ページの単行本として刊行されました。装画はQ-TA、装幀は大岡喜直。

シリーズ第2作のこの巻も、年末の順位表に名を連ねました。「週刊文春ミステリーベスト10」2025年で第14位、「本格ミステリ・ベスト10」2026年版で国内第7位に入っています。

年が明けた2026年3月13日には、日本推理作家協会賞の長編および連作短編集部門で、第79回の候補作の一つに挙がりました。デビュー作『禁忌の子』も2025年本屋大賞で第4位に入っており、2作続けて年間の評価の場に顔を出したことになります。

手に取るなら

現在手に取れるのは、2025年刊の単行本です。前作の事件を知らなくても、この巻だけで読める作りですが、シリーズを順に追いたいなら、2024年10月に東京創元社から出た第1弾『禁忌の子』から読み始めるのが刊行順になります。

研修医と派遣医師の二人連れに続いて、霧とガスに閉ざされた山奥の病院へ足を踏み入れてみてください。

山口未桜について

山口未桜は1987年、兵庫県生まれの作家で、神戸大学医学部を卒業した消化器内科医です。医師として働きながら、有栖川有栖が主宰する創作塾をオンラインで受講して小説を学びました。

2024年、第34回鮎川哲也賞を受けた『禁忌の子』でデビューします。医師の城崎響介が謎を解く〈医師・城崎響介のケースファイル〉シリーズの第1作にあたり、2025年には第2作『白魔の檻』を発表しました。

こちらは翌2026年、第79回日本推理作家協会賞の候補に選ばれています。病院や地域医療の現場を舞台に、医療の知識を謎と手がかりに組み込む本格ミステリを書いています。

書誌情報

出版社
東京創元社 / 単行本
刊行年
2025
ISBN-13
9784488029326
系譜
現代国内 / クローズドサークル
受賞歴
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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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