フランス古典 1907
内側から施錠された部屋。
襲った者だけが消えた。
『黄色い部屋の謎』ガストン・ルルー

書評

黄色い部屋の謎

内側から施錠された部屋での凶行に、新聞記者の少年探偵が挑む密室物の古典。

黄色い部屋の謎 表紙画像
ガストン・ルルー 東京創元社(創元推理文庫) 原書 1907年 · 邦訳 2020年
目次

内側から鍵がかかり、鎧戸まで固く閉ざされた小部屋。その中で令嬢が血にまみれて倒れているのに、襲った者の姿はどこにもない——。

ミステリを読む人なら一度は耳にする「密室」という言葉。その原型のひとつを打ち立て、100年を超えてなお読み継がれているのが、この『黄色い部屋の謎』です。

物語の入り口

舞台は、ある城の離れ。そこに、科学者スタンガーソン教授と令嬢マチルドが暮らしています。

ある夜、離れの一室——のちに「黄色い部屋」と呼ばれることになる小部屋で、事件は起こります。

その部屋は、内側から施錠された完全な密室でした。扉には鍵がかかり、窓の鎧戸も閉ざされている。

人ひとり出入りできる隙など、どこにもありません。にもかかわらず、部屋の中では令嬢マチルドが何者かに襲われ、血の海に倒れていたのです。

では、襲った者はどこへ消えたのか。閉じきった部屋から、犯人はいったいどうやって抜け出したのか。

踏み込む糸口さえ見当たらないこの状況が、読者の前に静かに、しかし揺るぎなく突きつけられます。

事件はそれだけでは終わりません。やがて城では、再び怪事件が持ち上がります。

ひとつの不可能が解けないうちに、次の謎が重なってくる。城を包む空気は張りつめ、その場に居合わせる者たちの緊張が、こちらへそのまま伝わってくるようです。

この謎に挑むのが、二人の男です。ひとりは18歳の青年新聞記者、ルールタビーユ。

もうひとりは、パリ警視庁の警部ラルサン。世代も立場も異なる二人が、同じ密室を前に、それぞれのやり方で推理を組み上げていきます。

読者は二本の推理の線を見比べながら、自分ならどちらの筋道に説得されるだろう、と引き比べつつ先へ進むことになります。

読みどころ

本作の面白さは、謎の不可解さと、その謎があくまで正々堂々と読者に開かれている手ざわりが、同居しているところにあります。 密室の状況は、これ以上ないほど不可能に見えます。

それでいて、真相にたどり着くための手がかりは、物語のなかにきちんと差し出されている。読者は探偵とまったく同じ材料を手にして、同じ盤面で頭をひねることができるのです。

「解けるはずのない謎に、解くための材料は揃っている」——この緊張感こそ、のちの本格ミステリが受け継いでいく原点にほかなりません。

もうひとつ、本作を語るうえで欠かせないのが、事件そのものの見せ方の巧みさです。ひとつの不可能状況を提示し、それが解けないうちに次の怪事件を重ねていく——この畳みかけによって、城には出口の見えない不安が満ちていきます。

読者は探偵たちとともにその渦中に置かれ、謎の重みをそのまま我が身に引き受けながらページをめくることになります。事件の輪郭を追う面白さと、張りつめた空気に呑まれていく感覚。

その両方が同時に押し寄せてくるのが、この物語の忘れがたいところです。

100年以上前に書かれた作品でありながら、密室という趣向の切れ味はまるで古びていません。むしろ、後の数多の作家がこの一作を出発点として不可能犯罪の趣向を磨いていったことを思うと、いま読み返すことには特別な意味があります。

ミステリという遊びがどこから始まったのか。その源流を自分の目で確かめる読書になるはずです。

こんな人におすすめ

名探偵の推理に身を委ね、フェアな謎解きと正面から向き合いたい読者には、まっすぐ薦められる一冊です。逆に、スピード感あふれる現代的なスリラーを求めて開くと、物語の運びや語り口に時代の呼吸を感じる場面はあるかもしれません。

けれど、その古風な佇まいごと味わうのが、古典を読む醍醐味でもあります。腰を据えて謎と向き合う、静かな夜にこそ似合う物語です。

作品の背景

ルルーは、新聞記者として事件や裁判の現場を肌で知る人でした。その経歴が、本作の探偵に青年新聞記者を据えた発想と無縁でないことは、読み進めるうちにおのずと伝わってきます。

ルルーの代表作となった本書は、1907年に《イリュストラシオン》紙の文芸付録に連載され、翌1908年に一冊にまとまりました。ミステリの歴史のなかでは、この『黄色い部屋の謎』こそがルルーの名を不動のものにしています。

密室ミステリの古典として、いまも「必読書中の必読書」と呼ばれ続けている一冊です。

手に取るなら

いま手に取るなら、創元推理文庫の新訳(平岡敦訳)がおすすめです。ジャン・コクトーの序文を添えた決定版で、巻末には戸川安宣による解説も収められています。

訳者の平岡敦は、ジャプリゾ『シンデレラの罠』やグランジェ『クリムゾン・リバー』などで知られるフランス文学の名手。こなれた新訳のおかげで、この密室物の原点にもすんなり入っていけます。

青年記者ルールタビーユは続くシリーズでも活躍する人物ですから、本作で出会って心惹かれたなら、その先の物語を追う愉しみもまた待っています。

ガストン・ルルーについて

ガストン・ルルーは1868年にパリで生まれ、1927年にニースで亡くなりました。法律を学んで1890年に弁護士の資格を得ますが、やがて新聞の世界へ移り、《エコー・ド・パリ》紙で裁判の記事や劇評を書いたのち、《ル・マタン》紙に入って法廷記者として、さらに海外特派員として日露戦争やロシア第一革命の現場を取材しました。

1900年代の初めから小説を書きはじめ、1907年に連載した『黄色い部屋の謎』で青年記者ルールタビーユを探偵役に据えると、続く『黒衣夫人の香り』とあわせて人気作家の座を得ます。1910年に発表した『オペラ座の怪人』は、のちにくり返し映画やミュージカルになりました。

フランスの推理小説の草創期に、モーリス・ルブランと並んで広く読まれた書き手で、怪奇小説や冒険小説、SF風の作品まで、新聞連載を中心に数多くの作品を残しています。

書誌情報

出版社
東京創元社 / 創元推理文庫
原書刊行年
1907
邦訳刊行年
2020
ISBN-13
9784488108045
系譜
フランス古典 / 名探偵もの

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リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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