フランス古典 1934
聖夜の町で男が殺され、
教会では聖遺物も盗まれた。
『サンタクロース殺人事件』ピエール・ヴェリー

書評

サンタクロース殺人事件

クリスマスの夜、サンタ姿の男が殺される。詩情ただようフランスの雪の本格。

サンタクロース殺人事件 表紙画像
ピエール・ヴェリー 晶文社(必読系!ヤングアダルト) 原書 1934年 · 邦訳 2003年
目次

雪が降りしきるクリスマス・イヴ、お祭り騒ぎに沸く小さな町で、サンタクロースに扮した男が殺される——。『サンタクロース殺人事件』(1934年)は、そんな一場面から立ち上がる、フランス生まれの本格ミステリです。

血なまぐさい事件を扱いながら、物語全体をふんわりと包むのは、童話のような無垢さと、雪景色にひそむ不穏さ。詩情と幻想味、そして上等のユーモアが溶け合った、クリスマス・ミステリの名品として親しまれてきた一作です。

物語の入り口

舞台は、玩具づくりで知られるフランスの小さな町。人形や玩具を生み出す職人たちの営みが、そのまま町の暮らしに息づいているような場所です。

季節はクリスマス。雪が静かに降り積もり、通りにはお祭りの気配が満ちていきます。

誰もが浮き立つ、一年でいちばん華やいだ晩。ところが、その賑わいのただなかで、サンタクロースに扮した男が命を落とします。

喜びと祝祭のただ中に、突然、死が紛れ込む。この落差こそ、物語が最初に読者へ突きつける鮮烈な一撃です。

しかも、町を騒がせる出来事はそれだけではありません。教会に安置されていた聖ニコラの聖遺物が、いつのまにか盗み去られていたのです。

サンタクロースの殺害と、聖遺物の消失。ふたつの椿事が、雪に閉ざされた小さな町でほとんど同時に起きる。

おまけに、その渦中には、自らを「ド・サンタ・クロース侯爵」と名のる人物までもが姿を現します。いったい何者なのか、誰にもわからない。

祝祭の高揚と、正体不明の来訪者と、立て続けの怪事。町はたちまち、てんやわんやの騒ぎに包まれていきます。

この一連の出来事を解きほぐしていくのが、弁護士でありながら探偵として腕をふるうプロスペール・ルピックです。読者はルピックとともに、雪明かりのなかの町に足を踏み入れることになります。

玩具と祝祭のあたたかな空気と、そこに忍び込んだ不穏な気配。そのふたつを同時に吸い込みながら、雪と喧噪に彩られた謎の奥へと分け入っていくのです。

読みどころ

この作品のいちばんの魅力は、殺人事件を扱いながら、物語がまるで一篇の童話のように進んでいくところにあります。 玩具の町、降りしきる雪、クリスマスの祝祭、そして侯爵を名のる謎めいた来訪者——お伽噺めいた道具立てが、事件のまわりにやわらかな幻想の膜を張っていきます。

惨劇の緊張と、おとぎ話のあたたかさ。本来なら相容れないはずのふたつが、ヴェリー独特の筆致のなかで不思議と同居している。

その得がたい手ざわりこそ、本作が長く愛されてきた理由でしょう。

それでいて、謎解きミステリとしての骨組みは、きちんと保たれています。上等のユーモアで語り口を軽やかにしながらも、事件は事件として読者の前にくっきりと立ち現れ、探偵ルピックがその糸を根気よくたぐっていく。

おかしみと詩情に満ちた雰囲気に酔いながら、同時に「これはいったいどういうことなのか」と身を乗り出す。そのふたつを一度に味わえるところに、この作品ならではの贅沢があります。

読み進めるうちに、読者は不思議な立ち位置に置かれていることに気づきます。雪と灯りに包まれた町の情景は、どこまでも美しく、あたたかい。

それなのに、その美しさの底には、たしかに一件の殺人が横たわっている。うっとりと絵本を眺めるような心地と、事件の行方を案じる緊張とが、ページの上で絶えず入れ替わり立ち替わりするのです。

祝祭の華やぎと、そこにひそむ翳り。ヴェリーはそのふたつの手綱を巧みにさばきながら、読者を物語の奥へと誘っていきます。

単なる雰囲気ものでも、無味乾燥なパズルでもない——その中間に、たしかな居場所を持った作品だと言えるでしょう。

こんな人におすすめ

血の匂いのする陰惨な犯罪劇や、緻密なアリバイ崩しの息詰まる攻防を求める向きには、この物語のやわらかな肌ざわりは、いささか拍子抜けに映るかもしれません。けれど、雪とクリスマスに彩られた幻想的な世界に浸りながら、肩の力を抜いて謎解きの妙を楽しみたいなら、これほど誂え向きの一冊はそうありません。

寒い季節に、あたたかな部屋で開くのがよく似合う物語です。

作品の背景

『サンタクロース殺人事件』は、ピエール・ヴェリーの代表作にあたります。1934年の発表以来、クリスマスを舞台にしたミステリの佳品として読み継がれ、のちにはクリスチャン=ジャック監督の手で映画化もされました。

物語のなかに漂う幻想の気配は、スクリーンとも相性がよかったのでしょう。

手に取るなら

邦訳は、晶文社ミステリの一冊として2003年に刊行されています。フランス本格の粋と、クリスマスならではの詩情を一度に味わえる名品。

年に一度、雪の降る夜にそっと取り出したくなる、そんな手ざわりの探偵小説です。

ピエール・ヴェリーについて

ピエール・ヴェリーは1900年、フランス西部シャラント県のベロンに生まれ、1960年にパリで亡くなった作家・脚本家です。最初の12年を生家の農場で過ごし、母から聞かされた土地の伝説がのちの作品世界の土台になりました。

パリで古書店を営みながら書き始め、1929年に最初の長編 Pont-Égaré を発表します。翌年には別名義の推理小説で冒険小説賞を受けました。

1934年に探偵プロスペール・ルピックを生み出してからは推理小説に軸足を定め、みずから「神秘の物語」と呼んだ作風を築きます。驚異や空想が恐怖や冒険と隣り合う、独特の味わいです。

寄宿学校を舞台にした『Les Disparus de Saint-Agil』や、故郷シャラントの風景を背景にした『Goupi-Mains rouges』などが映画化されて広く知られ、自身も映画の脚本を手がけました。

書誌情報

出版社
晶文社 / 必読系!ヤングアダルト
原書刊行年
1934
邦訳刊行年
2003
ISBN-13
9784794918352
系譜
フランス古典 / 名探偵もの

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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