事件は時効だった。
許されざる者
病床の元警察高官が、時効を迎えた25年前の未解決事件に挑む。ガラスの鍵賞受賞作。
凄腕として鳴らした元警察高官が、脳梗塞で倒れて病の床に伏している。命はどうにか取りとめたものの、体には麻痺が残り、かつてのように現場を駆けまわることはもうできません。
その男のもとへ、二十五年も前の、しかもとうに時効を迎えた未解決事件が舞い込んでくる——。『許されざる者』は、そんな一風変わった構図から動きだすスウェーデン発の警察小説です。
捜査の道具は、鈍った体に宿ったままの記憶と、長年培ってきた人脈だけ。ベッドの上から、男はもう一度事件へ向き合おうとします。
物語の入り口
物語の中心に立つのは、国家犯罪捜査局でかつて凄腕の長官として鳴らしたヨハンソンです。その彼が脳梗塞で倒れるところから、すべては始まります。
一命はとりとめたものの、後遺症として体には麻痺が残り、療養の日々を送ることになります。第一線を退き、静かに回復を待つばかりだったはずの病室に、思いがけない話が持ち込まれます。
相談を持ちかけたのは、彼の主治医でした。牧師だった主治医の父が、かつて懺悔の場で、ある事件の犯人について打ち明けられていたというのです。
その事件とは、二十五年前に起きた、九歳の少女が暴行のうえ殺害されたという痛ましいものでした。牧師のもとに寄せられた懺悔は、本来なら口外されるべきものではありません。
それが長い歳月を経て、いま医師の口から語り直され、めぐりめぐって病床のヨハンソンのもとへたどり着いた——。療養しか残されていないはずだった元捜査官の耳に、古い罪の記憶が呼び覚まされていきます。
ところが、話はそう単純には運びません。二十五年という時の隔たりは、事件をすでに時効の彼方へと押しやっていました。
たとえ犯人にたどり着いたところで、法はもうその手を伸ばせない。普通ならば、そこで区切りをつけるものなのかもしれません。
それでもヨハンソンは、動かずにはいられませんでした。自由に動けない体を補うように、彼はかつて轡を並べた元刑事の相棒たちを手足として動かし、埋もれた事件を一から掘り起こしにかかります。
病室を離れられない探偵が、人を介して外の世界の謎に挑む——安楽椅子探偵と呼ばれる趣向の色合いを、この物語は色濃くまとっています。読者は、ベッドの上のヨハンソンとともに、断片的に運ばれてくる情報だけを頼りに、四半世紀前の闇へと目を凝らしていくことになります。
読みどころ
読みどころは、捜査の不利をこれでもかと背負わされた探偵が、それでも前へ進んでいく執念にあります。 動けない体、二十五年という歳月、そして時効という動かしがたい壁。
手にした条件はことごとく捜査に不利で、けれどもその不利こそが、一手一手の重みを際立たせます。犯罪学者として現場を知り抜いた作者の筆は、捜査の手順にも聞き込みのやり取りにも、地に足のついた手応えを宿しています。
派手な閃きが一瞬で霧を晴らすのではなく、老いた刑事たちの粘りが、少しずつ過去の輪郭を浮かび上がらせていく。その積み重ねの緊張こそが、この作品の背骨です。
あわせて味わいたいのが、指揮する側と動く側という、この物語ならではの捜査の距離感です。頭脳は動かせても足は動かせない探偵と、その意を汲んで街を歩く元相棒たち。
ふたつの役割のあいだを情報が行き来するたび、事件は少しずつ現在へと引き寄せられていきます。時効という壁の前でなお真実を求めることに、どんな意味があるのか——その問いが静かに物語の底を流れているのも、忘れがたい読み味です。
こんな人におすすめ
相性でいえば、鮮やかな大トリックや息もつかせぬ急展開を第一に求める読者には、この歩みはいくぶん静かに映るかもしれません。本作の醍醐味は、捜査という営みそのものをじっくり味わうところにあります。
裏を返せば、事件そのものだけでなく、それを追う刑事たちの呼吸や組織の空気ごと物語に浸りたい読者、北欧の警察小説を腰を据えて読み込みたい読者には、これ以上ないほど応えてくれる一冊でしょう。
作品の背景
『許されざる者』は2010年に発表され、CWA賞やガラスの鍵賞(2011)をはじめ五つの賞に輝いています。北欧ミステリの層の厚さを支えてきたレイフ・GW・ペーションの、その代表作のひとつがこの一冊です。
手に取るなら
現在の版は創元推理文庫、訳は久山葉子。スウェーデン在住の訳者による日本語は、原作の呼吸をよく伝えています。
邦訳の刊行は2017年です。ペーションはこのほかにも何作もの警察小説を発表しており、本作を入り口にこの作家の世界へ分け入っていくのも、確かな読書の楽しみになるはずです。
レイフ・GW・ペーションについて
レイフ・GW・ペーションは1945年、スウェーデンのストックホルムに生まれた犯罪学者・推理作家です。ストックホルム大学で学んで社会学の博士号を取り、1967年から1977年まで国家警察委員会で専門家・顧問として働きました。
法務大臣をめぐる醜聞で警察の内部文書の存在を記者に認めたことから職を失い、その体験をもとに書いたのが1978年のデビュー作 Grisfesten です。のちに国家警察委員会の犯罪学教授を2012年まで務め、テレビや新聞で実際の事件を論じる解説者としても広く知られています。
小説は、自ら「ある犯罪についての小説」と呼ぶ、社会への批判を色濃く含んだ警察小説で、国家犯罪捜査局の長官を務めたヨハンソンや、はみ出し者のエーヴェルト・ベックストレーム警部らが登場します。日本では『許されざる者』のほか、ベックストレーム警部のシリーズ『見習い警官殺し』などが訳されています。
書誌情報
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